73杯目:もっけだの、酒田
早く食べたすぎてピンボケ
山形県酒田市/竹田聡一郎撮影
(“チェキ” instax mini 8)
椎名 あっ! まさか。
竹田 ふふふ。そのまさかです。行ってきました、酒田へ。
椎名 やりやがったな。
竹田 やってやりましたよ。去年、三鷹の「満月」に行ったじゃないですか。
椎名 うまかったなあ。
竹田 あの時もそうですけどね、椎名さんはいつも「君は酒田の本店に行ったことないんだっけ? フーン、『川柳』も『新月』も行ってないんだね。そうかそうか」的に憐憫と自慢の中間みたいなことをしつこく言うんです。
椎名 そうだったかあ。
竹田 自覚なかったんすか。今の言葉だと「ワンタンメンマウント」ですかね。
椎名 なんか強そうじゃないか。
竹田 ある意味では強力です。
椎名 で、これはどこのワンタンメンなのだ。正直に言いなさい。
竹田 まずは「満月」です。ワンタンメン大盛り1000円!
椎名 ちょっと値上がりしたか? でも仕方ない。あれは食の遺産だから遺さないといけない。ワンタンメンの未来を支えているのだ。同志よ、立ち上がれ!
竹田 ちょっと落ち着いてください。『どうせ今夜も波の上』(文藝春秋)でも声高に叫んでましたね。椎名さんも書いてましたけれど、雲を呑むと書いてワンタン。その名の通りですなあ。
椎名 つるりとしたのどごし。噛むと溢れて出汁と混ざる肉汁。どれも一級品です。他はどこに行ったの?
竹田 満月から近所の「三日月軒」の連続食いは免れないでしょう。
椎名 黄金コースだね。
竹田 さらにマウントを覆すために翌日は「朝ラー」をキメた後、昼に「川柳」に行きました。
椎名 「朝ラー」って何? 朝からラーメンってこと?
竹田 ご名答です。
椎名 一般的な言葉なの?
竹田 どうなんでしょうね。でも、椎名さんが好きな青森の「長尾中華そば」なんかは朝ラーやってますよ。
椎名 そうだっけ。でもそんなの変則だ。「川柳」は夕方18時こそスーパースペシャルな味だ。
竹田 朝は寒いから、朝ラーけっこううまいんすよ。喜多方なんかは有名ですけれどね。あ、調べてみると意外なことに、静岡県藤枝市周辺、焼津、島田などの通称「志太地域」に戦前からある食文化だとか。
椎名 おお。意外だ。
竹田 お茶の名産地である彼の地では茶摘みや取引が早い時間からあるので、5時や6時に仕事を終えた人が腹ごしらえするためだとのこと。一種の「いっぱいやっか」ですね。
椎名 面白いねえ。ビールも飲むのかな。
竹田 ちなみにベースは魚介でさっぱりとした醤油味。「冷やし」もあるみたいです。
椎名 いいではないか。
竹田 酒田に話を戻すと、僕は「麺屋酒田inみなと」と「照月」という2店で朝ラーしたんですが、けっこう混んでるんですよ。
椎名 観光客で?
竹田 いや、それがこれから出社するであろうスーツの人もいたし、二人連れの若い女性の姿もありました。
椎名 朝メシとしてちゃんと定着しているんだな。
竹田 んだんだ。
椎名 お、庄内弁。
竹田 夜に居酒屋に行った時に隣のじいちゃんが話しかけてくれたんです。でも、正直、半分くらいしか言ってることが分からなかった。
椎名 庄内弁は山形弁ともまた違うらしいね。
竹田 「てしょとてけろ」と言われたんですが、「小皿を取ってくれ」なんですって。言われるがままに小皿を渡したら、庄内おじいがリュックからいきなり梅干しを取り出しまして。
椎名 愉快な展開だなあ。
竹田 おそらく「女房が漬けた梅干しだ。今年は立派なのができた。食べてくれ」ということでした。食べたらんめかったし、お土産にいただいてしまった。店の人はタッパーをくれました。酒田はいいところです。
椎名 地方都市にはまだそういう良き交流があるよなあ。
竹田 もっけだ。とお礼を言ってありがたくいただきました。
椎名 ありがとう、ってこと?
竹田 そうです。なんか温かい響きですよね。一気に楽しくなり、地酒「初孫」をぐびぐび。翌日は「新月」や「花鳥風月」などの個性ある麺をすすって満足でした。
椎名 行ったことないなあ。いいなあ。行こう。そしてその足で「川柳」で一杯ですな。
竹田 ううむ、酒田のワンタンメンには人を狂わせる魅力があるなあ。
椎名誠: 旅するバカ酒作家。井上陽水が歌う「コーヒールンバ」が好きだ。
竹田聡一郎:旅するフリーライター。最近はスカパラとくるりを聴いています。