『新宿遊牧民』

目黒それでは『新宿遊牧民』です。小説現代に断続的に連載して、講談社から2009年10月に本になって、2012年11月に講談社文庫と。これはね、いろんな意味で面白かった。

椎名いろんな意味って?

目黒まずね、この本の意図を著者があとがきで語っている。

持って生まれた性分というのは困ったもので、結局一生ついてまわる。ぼくの場合は「おうい、みんな、なんか面白いことしてあそぼうぜ」という性分で、これは小学生の頃から存分に発揮していた。
(略)
大人になった現在も、基本的には「その性分」はなにも変わっていない。そうしてこういうモノカキになって、過去を振り返ったとき、それらの体験、経験、そこにまきこまれた友人らのことを書いていくと、けっこうみんな怪しくも面白おかしい物語となっているのに気がついた。

この「なんか面白いことしてあそぼうぜ」の系譜は次の10冊だと書名をあげているんだけど、これも興味深いので、ここにあげておきます。


①哀愁の町に霧が降るのだ
②わしらは怪しい探検隊
③あやしい探検隊北へ
④あやしい探検隊不思議島へ行く
⑤新橋烏森口青春篇
⑥銀座のカラス
⑦本の雑誌血風録
⑧新宿熱風どかどか団
⑨海浜棒球始末記
⑩わしらは怪しい雑魚釣り隊

たぶんこのあとがきを書いたときに頭に浮かんだ書名をずらずらと並べただけなんだろうけど、無意識なだけに椎名の本音がこの10冊のなかにあると思う。

椎名どういうこと?

目黒いやはや隊の記録とか、映画の記録がないんだよ。つまりあれらは「なんか面白いことしてあそぼうぜ」の系譜ではなかったということだと思う。いやはや隊はたぶん、野田さんに対する個人的な友情の延長戦上にあったものだろうし、映画は椎名にとってはビジネスの側面が強すぎたということだろう。それとは逆に、本の雑誌は椎名にとってビジネスではなく遊びの延長だったというのも面白い。

椎名ほお。

目黒この「なんか面白いことしてあそぼうぜ」の系譜を、この時点で、つまり2009年の時点で振り返るという本だから、本の雑誌の初期の話もあれば、池林房の開店当時の苦労話、椎名のマスコミ・デビューのあれこれがここでどっと、駆け足で語られていく。だから、椎名の本を読んできた読者なら知ってる話が結構あるんだけど、これが面白いんだ。というのは、椎名があのときこういうふうに見てたのかとわかる箇所が随所にあるんだね。

椎名ふーん。

目黒さらに周囲の人間たちのドラマが語られていくんだけど、これも面白いよね。たとえば斎藤ヒロシが講談社の社員食堂でABC三つの日替わり定食を全部並べて食べていたとか、山形林間学校の下っぱに西澤がいたとか。

椎名やまがた林間学校は7年続いたんだよ。

目黒すごかったねえ、あれ。千五百人規模だものね。でもいちばんの白眉は、週刊現代で「海を見に行く」の連載が始まるくだり。カメラマンのヒロシと編集の野田さんとあと一人──。

椎名香山だ。

目黒この三人と椎名が初めて旅にいくシーンが圧巻。食堂に入って、誰かが頼むと「それ3つ」とすかさず言うの。椎名が頼むやつは「それ4つ」(笑)。

椎名あのとき、ウェイトレスは怒ってたよ。ふざけていると思ったんだろうな。

目黒椎名が驚いている様子がおかしかった。「おい!? この人たちはいったい何を言ってるんだ?」と呆然とするの。ほとんど初体面に近かったんで、理解できなかったんだろうね、彼らの大食いが。椎名のエッセイにはさまざまな魅力的なキャラクターがこれまでにも出てきたけど、その登場シーンの衝撃度ではこれがダントツの1位だよ(笑)。

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