『風のかなたのひみつ島』

目黒それでは『風のかなたのひみつ島』です。ええと、「シンラ」に連載した島旅エッセイをまとめたもので、2002年7月に新潮社から本になって、2005年6月に新潮文庫と。

椎名『波のむこうのかくれ島』の続編だな。まぎらわしいタイトルよなあ。

目黒あなたが自分でつけたタイトルでしょ。

椎名まあそうなんだけど。

目黒ようするに、あちこちの島を訪ねるドキュメント・エッセイだな。行き当たりばったりだから面白いよ。たとえば、奄美大島にいく回は、本当は見島に行く予定だったのに羽田にいくと台風が来ていて飛行機が飛ばないと。それで急遽、行き先を変更しちゃう。面白いのは編集者の一人が先に違う場所に行っていて、見島で合流する予定だったのに突然奄美大島に来いと連絡がくるから彼も大変で、合流したときには帰京する日だった(笑)。おれさ、わかったよ。椎名のこういう旅は、行く前に現地のことを何も調べずにいくだろ。調べていったほうが無駄なくまわれるはずなのに、ヘンな人たちだなあって思ってた。でも、こういうふうに突然行き先が変更になるから、調べていても意味がないんだ(笑)。

椎名そうだな。

目黒あとはこの本の中で圧倒的に面白いのは、答志島の寝屋子制度の話。もともとは結婚前の若者が集団生活を送るならわしの一つで、それがこの島に今も残っている。昔は寝親の家に住み込んでいたらしいけど、いまは伊勢や鳥羽の高校に通っている高校生たちが週末に寝親の家に集まってくる。つまり週末だけの共同生活。これ、いい制度だよね。

椎名克己荘を大きくした感じだよな。

目黒でも一つ気になるのは、中学を卒業したばかりの九人の少年を毎週末に泊めるとなると食費だけでも寝親は大変な負担になるよね。これ、ただなの?

椎名互助会から出てるって話をちらっと聞いたな。

目黒そうだよね、そうじゃなければ大変だよ。寝親と寝屋子の付き合いは寝屋子が結婚するまで続く、というのもいいね。寝屋子が結婚するときは必ず寝親に仲人を頼むっていうの。実の親子ではないから、親に相談できないことでも相談できるというのもいいし、こういう制度を作ったというのは昔の人の知恵なんだろうね。

椎名日本各地の島はだいたい過疎化が進んでいるけど、この答志島は若い世代の人口層が飛び抜けて厚い。それもこの寝屋子制度のおかげだと島の人は話していたな。

目黒あとね、粟島にいく話がこの本に入っていて、粟島には何度も行っているからこれが何回目かわからないけど、かもめ食堂にいくくだりがここに出てくる。

椎名ああ、あれな。

目黒かもめ食堂のメニューに、「ラーメン700円、磯ラーメン900円、特製粟島ラーメン要予約2000円」とあるので、同行した若い編集者の一人が、「700円のラーメンと900円のラーメンはどのくらいグレードが違うんですか」と店のおばあちゃんに質問。思わずみんなが「即座にがっくん化」したっていうくだり。

椎名するだろ、「即座にがっくん」。

目黒あのね、かもめ食堂のメニューには、「ラーメン700円、磯ラーメン900円」だけでなくて、「特製粟島ラーメン要予約2000円」というのがあったんだよ。いちばん知りたいのは、この特製ラーメンなんじゃないの? どうしてこれを質問しないの?

椎名違うんだよ。その「特製粟島ラーメン要予約2000円」には写真が付いているから内容がわかるんだ。ようするに海鮮ラーメンだよ。でも、700円と900円のラーメンには写真が付いてないからそちらの差を知りたい。それはごく普通の感情だろ。でもそれを、おばあちゃんにむかって「グレードの違いはなんですか」って言ったって、何のことやらおばあちゃんはわからないだろうってことなのさ。

目黒あのね、その「特製粟島ラーメン要予約2000円」には写真が付いていたから内容はわかるなんて、どこにも書いてないんだよ。

椎名書いてないか?

目黒そうだよ。だから、あなたたちには当然のことでも、読者は疑問に思っちゃう。なぜ2000円ラーメンのことを聞かないのかって。

椎名写真を見ればわかるものなあ。

目黒あのねえ。

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