『怒濤の編集後記』

目黒それでは、『怒濤の編集後記』です。1998年10月に本の雑誌社から刊行されたものです。ストアーズレポートと本の雑誌の編集後記をまとめて一冊にしたもので、細かく言うと、ストアーズレポートの10年分と、本の雑誌の20年分を収録した本だね。

椎名でっちあげ本だろ?

目黒おれもそう思った。経営が苦しくなると、よく椎名の本を出していたから(笑)。ところがいま読むと、これがなかなか面白い。

椎名本当かよ。

目黒ストアーズレポートの後記で、エレン・モーガン『女の由来』とか、伊丹十三『日本世間噺体系』のなかの「走る男」を紹介したりしているんだ。本の雑誌の後記ならわかるけど、これがなかなかの異色だよね。アーサー・ヘイリー『マネー・チェンジャーズ』という銀行業界の内幕小説を紹介した回では、流通業界を舞台にした小説をそのうちにぜったい書くぞと仲間うちでは予測している──と書いているんだけど、その後、アーサー・ヘイリーは流通業界を舞台にした小説を書いたの?

椎名書かなかったんじゃないかなあ。おれも全部読んでるわけじゃないけど。

目黒いちばん面白かったのは、三越─北の湖、大丸─輪島、伊勢丹─旭国、松阪屋─三重ノ海、松屋は魁傑、とデパートと相撲取りを結んでいく回。この回はオチも素晴らしい。では若乃花はどこか、と話を進めて、残っているのは、阪急、西武、高島屋。このうちのどれかと思わせて、「西武はむしろジャイアント馬場ではないか」というオチ。絶妙だよなこれ。各デパートの微妙な違い、性格を知っている業界人で、なおかつ相撲好きじゃないと書けないアイディアだよね。

椎名勝手気儘な後記を書いていたんだなあ。

目黒石川さゆりの「童」や、鉄砲光三郎の特選河内音頭を買ったり、テレビのコロンボを見ていたりと、このころの椎名の私生活を覗けるのも面白い。

椎名コロンボは日曜の夜に放映してたんだよ。

目黒量的には、ストアーズレポートが3分の1で、残りは本の雑誌分。本の雑誌の後記は全部読んでるはずなんだけど、忘れてることが結構多い。たとえば、椎名が得意とするベスト3もの。ここでは日本の三大発明は何か、という話。

椎名発明ねえ。

目黒インスタントラーメンに、穴あきブリーフに、ガムテープにウェットティッシュあたりかと椎名は書いている。

椎名それでは四大発明になっちゃうぜ。

目黒ここではあえて三つに絞っていないんだよ。それと小説NONの一行情報を読む話も面白い。「執筆カンヅメの多い菊池秀行の息抜き場所はホテルのプール。水しぶきの音で心が和みます」だって。こんなところまで椎名は読んでるんだと感心したよ。

椎名いや、送られてくるから、つい読んじゃうんだ。

目黒わからなかったのが、有限の禁酒に入る話。何のためなのかが書いてない。

椎名なんで禁酒したんだろ?

目黒おれに聞かないでよ(笑)。この三年前に、扁桃腺で五日間寝込んだとき酒を飲まなかったことがあるが、そのときは五日間、今回は六日間と書いたあとに、今回の六日のあいだに仕事がらみで酒を飲む席に三回いたが、訳を話して番茶とウーロン茶でしのいだ、と書いているね。その訳って本当になんだろう。「しかしわが意志はきわめて強固にして厳然としており本日まで3年間の自己最長不倒記録をのばし続けているのである」だって。今回は扁桃腺で寝込んでないしなあ。気になるなあ。

椎名外出してるんだから病気ではないんだ。

目黒ま、いいか。ええと、編集後記でいまいちばん面白いのは、「鳩よ」と「選択」であるとも書いているね。これは1997年の後記だから、「鳩よ」の編集長が大島一洋さんのころだね。どちらもマスコミ・ジャーナリズム周辺の話題について語っている視点が面白い、と書いているんだけど、興味深いのはそのあと。こういう記述がある。

ひところ「文藝春秋」の編集後記〔社中日記〕が面白いと言われていたけれど、最近の〔社中日記〕はどうにあまりに作りすぎて、あざとさがあからさまでなんだか読んでいるとおちょくられているような気がしてあまり面白くない。

きちんと批判もしている。それにしてもよく雑誌を読んでるね。とどめは、漂流記、航海記のベスト5。本当に好きだよねこういうの。

椎名どんな本を選んでいる?

目黒その5冊をあげる前に、ほとんど手に入らないものばかりだけど、こういうのを自分の手で選書としてまとめてみたいなあと椎名は書いている。「どこかの出版社、やる気ないですか。力をこめて解説等を書くのだけどなあ」と結んでいることを紹介しておきます。5冊は下記の通り。

  • 『エンデュアランス号漂流』シャクルトン(文藝春秋1970年)
  • 『無人島に生きる十六人』須川邦彦(講談社1952年)
  • 『たった二人の大西洋』ベン・カーリン(講談社1957年)
  • 『竹筏ヤム号漂流記』(毎日新聞社1977年)
  • 『おんぼろ号の冒険』望月昇(文藝春秋1964年)

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