『旅の紙芝居』
目黒次は『旅の紙芝居』です。アサヒカメラに連載している「写真プラス文」が4年やってたら1冊になったと。1998年3月に朝日新聞社から刊行され、2002年10月に朝日文庫と。まず、文庫判11ページの写真。女の人が一人、日傘をさして橋をわたっているやつ。これは映画の一場面だよね?
椎名どれ? ああ、これは映画だね。「ガクの冒険」だ。
目黒そうだよね。どこかで見たなって思って。でもここの文章には映画のことがまったく書かれてないから、違うのかなって。
椎名ずるいところだな。
目黒いや、椎名もうまいんだ。たとえばね、そこではこう書いている。「沈下橋の上を女が一人、日傘をさして渡っていった風景も、夢の中のときめく残像のように、ながいことぼくの思いをとらえていた」と。どうにでも受け取ることが出来るようになっている。
椎名さすがは作家だな(笑)。
目黒おれが好きなのは、53ページの手作りのお面をかぶった少年の写真。
椎名ああ、これな。
目黒おれもまったく同じことをした写真がある。あと、102ページのガクの写真もいいなあ。車の助手席に座ったガクが、後部座席にいる椎名のカメラを振り返る写真。上目遣いで、ちょっと気弱そうで、可愛いなあ。
椎名やつは人間の感情がわかってたからな。
目黒それとすごいのは、小平の大勝軒のラーメン。メン玉5つの大盛りラーメンはすごいよね。
椎名最初はつけめんで食べるんだよ。
目黒あっ、そうなの?
椎名だって、そうしないと食べられない。メン玉5つということは、どかんと盛り上がっているから、別皿のスープに少しずつ取って食べていかないと山が低くならない。
目黒そうかあ。椎名はこのメン玉5つの大盛りを食べたことあるの?
椎名一度だけある。
目黒値段はいくらくらいなの? この大盛りは?
椎名いくらだったか忘れたけど、でも学生相手だからそんなに高価ではないよ。
目黒この本の取材で行ったときは、もうメン玉5つはやっていなくて、メン玉3つだったと書いてあるけど。
椎名このあとで『麺の甲子園』のときだったかなあ。行ったときはメン玉2個だった。もう食べる人がいないんだって。
目黒ふーん。
椎名おいしいんだよ。ああ、食べたくなってきた(笑)。
目黒文庫判257ページのおでこにサインした女性の写真が載っているけど、これ、面白いね。
椎名池林房にいたら、おでこにサインしてくれって言うんで、ホネフィルムのホネマークをマジックで書いたんだけど、あのおでこのまま帰ったのかなあ。
目黒いつでも撮れるようにカメラを持ち歩いているんだ。
椎名このころはな。
目黒いまは?
椎名在庫がいっぱいあるから、最近は持ち歩いてはいないな。
目黒以前にも他のエッセイに出てきて、そのときに聞いた記憶があるんだけど、アメリカの恐怖小説の話が出てくる。あるセールスマンが車で海ぞいの小さな町を通りかかる。季節は夏、海岸にはたくさんの人がいて、みんなが楽しそうにしている。セールスマンはその海岸を通りすぎてから、いま見た風景がどうもなんだか気にかかって、車でその海岸に戻ってみる。そこで初めて疑問がとける。その海岸にいるたくさんの人は全員が陸のほうを見ていた──海を見ている人は一人もいなかった、というところで終わる小説で、何がなんだかわからないままに記憶にずっと残っている、というんだけど、この題名は覚えてないの?
椎名それが覚えてないんだなあ。
目黒フレデリック・ブラウン?
椎名雑誌に載った短編ではなくて、本のかたちで読んだ記憶がある。ブラッドベリだったかなあ。確証はないけど。
目黒読んでみたいなあ。
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