『ギョーザのような月が出た』
目黒次は『ギョーザのような月が出た』。赤マント・シリーズの8冊目ですね。1997年7月に文春から出て、2000年7月に文春文庫と。いちばん最初に、スバラシイ本を見つけたと、柳田理科雄の『空想科学読本』を紹介する「なぜ火を吹くのか」という回があるんだけど、この前にこういう本はなかったの?
椎名初めてだったねえ。この本が素晴らしいのは、ゴジラはその体重が三万五千トンなんだよ。それが船なら浮くけれど、2本足で三万五千トンではヘドロに足がずぶずぶはまって歩けないって言うんだな。すごいだろ。これ一発ではまったな。この『空想科学読本』シリーズは全部買ったよ。
目黒あとね、こういうくだりがある。「むかし、サラリーマンの時のほうがパーティや銀座のクラブによく行った。編集者をしていたから、パーティはそこで業界の有力者と会って話を聞けるチャンスでもあったから、そこでは忙しかった。そのあとのバーやクラブではたいていタダでおいしい酒がのめ、あまつさえとてもご近所へ行けないような銀座のオネーさんと隣り合ってすわれる。だから銀座でイッパイ、と誘われれば積極的に行った。その時代のほうが人生おもしろかったような気がする」と書いているんだよ。これが意外だった。
椎名だっていまはパーティにいっても何も喰えないんだぜ。結構おいしいものもあるはずなんだけど。若いときはそれが食べ放題、あんなに楽しいことはなかったなあ(笑)。
目黒なるほどね。意外だなあと思ったのは、「青年の頃、ぼくは信頼したい年上の男を求めていた」ってくだり。
椎名意外か。
目黒だってね、椎名は若いときからリーダー体質というか、親分肌というか、みんなから頼られていたよね。いちばん年上でもないのに「怪しい探検隊」の隊長だったし、そういうふうにみんなを引っ張っていく存在だった。そういう人が、「信頼したい年上の男を求めていた」っていうのは驚きだよ。
椎名「怪しい探検隊」に出てくる長老と、野田さんはおれの6歳上で同い年なんだけど、そういう年上で信頼できる相談役をいつも求めていたってところはあるな。あともうひとつ、「十五少年漂流記」の影響があるかもしれない。
目黒どういうこと?
椎名ゴードンという最年長の少年が出てくるんだけど、これは危ないとかいろいろなことを少年たちに教えてくれるんだよ。そういう存在がほしいという刷り込みがあったのかも。目黒が言うようにオレは若いときから「隊長」的な役割をしてきたけど、鋭い洞察力や知識があって「隊長」になっていたわけではないだろ?
目黒暴力的ではあったけどね(笑)。
椎名だから、そういうオレの間違いを正してくれたりする年上の信頼できる人を、人生の中で求めていたんじゃないかなあ。
目黒なるほどねえ。あとね、それとは逆のことなんだけど、「もう新しい人間関係をつくるのは面倒くさいな、という気持ちがあった」というくだり。初対面の人と話をする機会があると、中にはとても魅力的な内容を持っている人がいて、そうすると「再度会ってさらに話をしたら、きっとより深いつきあいになるかもしれない」と思うんだけど、それも面倒くさいと。この心理、わかるなあ。椎名がこの文章を書いたのは1996年だから51歳のときで、そのくらいの年齢の人ならみんな共感するんじゃないかなあ。そのくだりで椎名はこう書いている。
つい数カ月前に、なんとなくこれからは「捨てる人生」だな、と思ったことも起因している。もう余分なモノはいらないし、新しい友人というのもこれ以上いらない。
本当にそうだよね。そういうふうに思うことが「老境」の始まりだという気がする。
椎名51歳で老境は早くないか?
目黒そのくらいの年のころ、気分は初老ってよく言ってたよオレ。だから早くないよ。それと驚いたのは、飲み屋のトイレの前で、おしぼりを持って若い男が立っている姿。トイレから出てくる恋人だか女友達だかのために、おしぼりを持って待っているの、これ、本当?
椎名驚くよな。おれも目を疑ったよ。
目黒椎名はこう書いている。
即座にまたバカヤロウと思ってしまった。いまの若い男たちはこんなことをしているのか!女がありがとうでもなくひょいとそれを使ってまたひょいと男の手に戻しているを見て、その女のバカデカケツをケトばしたくなってこまってしまった。
いつもいく新宿の居酒屋、と書いているから池林房か。いやはや、驚くね。
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