『屋根の上の三角テント』

目黒『屋根の上の三角テント』の話に移りますが、こちらの編者は絶対に私ではない。まあ、これも帯に「著者自選」と書いてあるから、もともと私ではないんだけど。

椎名おれが選んだのか。

目黒というのはね、私が批判した作品が結構入っている。とりあえず収録作品10編を先に紹介しておくと、「米屋のつくったビアガーデン」「土星を見るひと」「きんもくせい」「ガク物語」「ハーケンと夏みかん」「蝉」「三分間のサヨウナラ」「カイチューじるこ」「ハマボウフウの花や風」「皿を洗う」の10編。

椎名全部覚えている(笑)。

目黒いちばん象徴的なのは「土星を見るひと」だよ。土星をずっと観察している人に会いに行った日に、娘の飼っていた犬が死んで、それは全然関係のないことなんだけど、宇宙のずっと遠くにある土星と、犬の小さな命が繋がっているように感じたことを小説に書きたかったと、このインタビューで「土星を見るひと」がテキストになったときに椎名自身が語っている。

椎名これは好きな小説なんだ。

目黒でもね、この短編のラストに語り手の水島が自宅に電話するシーンがある。そこで犬が死んだことを水島は聞くわけよ。で、娘はどうしてると尋ねると、泣きつかれて眠ったと妻が言うわけ。いいシーンだよね。ところがこのシーンが効果的に浮かび上がってこない。それはまだ小説の構成を始めとして技術的なことが未熟だったからだと思う。ということもそのインタビューでオレが言って批判した。

椎名なるほどな。

目黒「ハーケンと夏みかん」もそうだよね。沢野と学校をさぼって山に行く話で、青春の一ページだよね。すごくいい話なのに、技術が伴っていないからそれがいかされていない。いまならば、絶対にもっとうまく書けるよ。でも、自分で選ぶんだから好きなんだろうね。

椎名そうだな。

目黒それに「3分間のサヨウナラ」もわからないな。これを選ぶなら他の作品がまだいくらでもあるだろうって気がするんだけど、何か個人的な思い出があるのかな。これは『さよなら海の女たち』に入っている作品だけど、その作品集なら「秘密宅急便」がいいと思う。

椎名全然覚えていない(笑)。

目黒「3分間のサヨウナラ」でいいのは後日譚だよね。

椎名後日譚?

目黒うん。このインタビューで「3分間のサヨウナラ」がテキストになったときに、あなたが言った後日譚。ずいぶんたってから北海道で講演をやったときに楽屋に手紙があった話。もう結婚して娘もいるんだけど、十七歳のときに海辺で撮られたことを思い出しましたってやつ。いい話だよね。

椎名それは書いてないぜ。

目黒だから、その後日譚を書けばいい話になるけど、後日譚がなければどうってことのない話だってことだよ。それと、わからないのが「米屋のつくったビアガーデン」。

椎名これは、最初に海に書いたやつだから。

目黒最初は「ラジャダムナン・キック」でしょ。「米屋のつくったビアガーデン」は海に書いた2作目だよ。

椎名「ラジャダムナン・キック」は旅話だし、何もストーリーがないから。

目黒「米屋のつくったビアガーデン」だって、ストーリーはないよ(笑)。

椎名でも、「ラジャダムナン・キック」は小説ではないだろ。

目黒いや、「ラジャダムナン・キック」のほうが作品としてすぐれているという話ではないんだ。「米屋のつくったビアガーデン」と大差はないだろという話。だったら、最初に書いたほうに愛着があるのが普通だろうから、こういう著者自選のアンソロジーには「ラジャダムナン・キック」のほうを選ぶんじゃないかって思うのさ。まあ、「米屋のつくったビアガーデン」に愛着があるってことなんだろうね。

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