『でか足国探検記』

目黒次は『でか足国探検記』です。新潮社の「SINRA」に連載して、1995年12月に新潮社から刊行され、1998年12月に新潮文庫と。パタゴニア旅行記だけど、『シベリア追跡』と同じ手法だね。つまり、現在の旅が中心で、そこに資料を繙いてさまざまなことが挿入されていく。だから、『シベリア追跡』が面白かったように、これも面白い。

椎名なるほどな。

目黒何度も言うように「あやしい探検隊」のシリーズは、今から読むとあまり感想がないことが多いけど(笑)、こちらのシリーズと言っていいのかな、『シベリア追跡』とか、この『でか足国探検記』はあとから読んでも実に面白い。もしかすると、椎名誠のいちばんいい仕事なのかも、という気さえする。というのは、椎名の美点がつまっているような気がするんだよ。

椎名どういうこと?

目黒こういう旅エッセイの中心には、行動派の椎名がいるよね、ずんずん前に進んでいく椎名の好奇心がまずある。そして同時に、『シベリア追跡』や『でか足国探検記』には本好きの椎名の顔もうかがうことが出来る。つまり椎名の美点がつまっているような気がするんだ。

椎名ふーん。

目黒基本的なことをまず聞きたいんだけど、このパタゴニアは最初に行ったときではないよね?

椎名おれ、パタゴニアには5回行ってるから。

目黒えっ、5回も行ってるの? じゃあ、このときは「SINRA」の連載のために行ったの?

椎名なにかテレビが絡んでいたような記憶がある(笑)。

目黒ということは、このあとにもパタゴニアに行ってるんだ。それもどこかに書いて本にしてるの?

椎名いや、あとは写真集だけじゃないかなあ。

目黒あっ、なるほどね。1回目のパタゴニアを書いたのが『パタゴニア あるいは風とタンポポの物語』で、2回目のパタゴニアを書いたのがこの『でか足国探検記』で、あと3回は文章の本は書かず、写真集ということね、整理すると。

椎名はい(笑)。

目黒細かなことをとりあげていこうか。文庫版の103ページに、「モレノ氷河のとっつき付近には貸しアイゼン屋があって、ここで靴にくくりつけていく」とキャプションがあって、おやじが暇そうに立っている写真が載っている。背景は一面の氷河でね、その前に屋台のようなものがあって、アイゼンが幾つもぶら下がってるの。こんなところに屋台を出して商売になるの? すっごく不思議な写真なんだけど。

椎名ここは観光地なんだよ。それ、駐車場の隅だもの。

目黒えっ、そうなの?

椎名モレノ氷河のとっつき付近だからね、そこまでは観光客ががんがん来る。

目黒なるほどねえ。聞くと納得する。それでは問題です。

椎名またかよ(笑)。

目黒1カ月以上旅に出るときの「わが必携の旅3点セット」があるって書いているんだけど、いまその三つを言える?

椎名ガムテープだろ。

目黒えっ、ガムテープ? 面白いねえ、最後まで聞きましょう。あと2つは何?

椎名水筒だ。

目黒何のために持っていくの?

椎名ウィスキーを入れるんだよ。

目黒最後の一つは?

椎名ビーチサンダルだ。

目黒あのねえ、氷河にいくときにビーチサンダルは使わないだろ(笑)。それは海辺にいくときだけじゃないの?

椎名違うよ。ホテルの部屋で使うんだよ。むこうはスリッパなんて置いてないから。

目黒ふーん。全然違うんですけど。

椎名なんだよ。

目黒コメ、ショーユ、カツオブシ(笑)。

椎名それ、食い物の3点セットだよ(笑)。

目黒道具の必携セットとは違う?

椎名そうだよ(笑)。

目黒最後に批判も言っておかなければいけないんだけど。

椎名何?

目黒これは全体的にはいちばん最初に言ったように面白いんだけど、『シベリア追跡』とは違って、批判もある。それは最後の4回がひどいこと。

椎名どういうの?

目黒たぶん苦し紛れだったと思うんだ。雑誌の連載だからやめるわけにもいかなくて、でも書くことがもうなくなっちゃったんだね。まずラスト4回の1回目は糞の話を始めたら、椎名は好きだから興に乗っちゃって、シベリアやモンゴルで見た糞の話、本で読んだ印象的な糞の話と、糞話が延々続いていく。パタゴニアはもう関係なくなっていくんだ。で、あとは連想ゲームのようにつながっていく。2回目は無人島、波、焚き火の話。3回目はサメに糞拭きの話、そして4回目はなぜ直線直角に感動するのかということについての考察。で、唐突に終わっちゃう。

椎名そうかあ。

目黒だから本として見た場合、最後がヘンなんだ。消化不良というか、中途半端というか。

椎名ネタに比べて長さがありすぎたんだ。だからその長さを埋めるために関係ないものを入れざるを得なかったんだろうな。

目黒あのね、そのラスト4回がつまらないと言ってるんじゃないんだ。糞の話は椎名が例によっていきいきと書いているから面白いの。なぜ直線直角に感動するのかということも面白いよね。でも、ここに載せなくてもいいよね。雑誌連載のときはいいけれど、単行本のときはカットすべきだったと思う。

椎名そういう緻密な計算が何もなかったなあ。

目黒それが『シベリア追跡』を超えられなかった原因だと思う。

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