『モンパの木の下で』

目黒ええと、次が『モンパの木の下で』。赤マント・シリーズの第3弾で、1993年12月に文春から刊行されて、1996年12月に文春文庫に入ったと。これ、再読してもあまり感想がないんだよ(笑)。どうしようか。

椎名(笑)。

目黒ええと、かんべむさしの小説の話が出てくる回があって、「氏の書いたずっと前の小説で、ある日起きるとなぜか世の中がまったくサカサマになっていた、という話がある」ってその内容を紹介してるんだけど、タイトルが出てこない。これ、おれの好きな短編「道程」だよ。

椎名そうかあ。

目黒朝、起きたら、自分だけが重力の影響から解き放たれて、だから天井にくっついて寝てるの。で、どうしてそうなってしまったかを考えずに、どうやって会社に行くかをこの男は考える。重力から切り離されているから、何かに捕まっていないと空にどんどん向かっていっちゃう。塀をつかんで、草をつかんで、そうやってサカサマになりながら駅までくると、それがスクランブル交差点でさ、普通の人にしてみれば別にどうってことのない交差点が、彼には宇宙にぽっかり空いた穴だったと。どうしても向こう側に渡れずに呆然としているというのがラスト。素晴らしいよね。

椎名お前がよくこの小説の話をするけど、おれも読んでたんだ。

目黒たしか、第二短編集『俺はロンメルだ』に入っているんじゃなかったかなあ。違うかなあ。書かれたのは1970年代の半ばだよね。おれも椎名もSFに熱中していたころだ。面白かったなあ、あのころ。

椎名傑作がいっぱいあったよな。

目黒あとは、そうだなあ。青森の成田本店の創業八十五周年を記念したイベントに行った回で、目黒が杖をついていたと出てきたことくらいしかないな。右足の筋肉がプツンと切れちゃって、すごい怪我したと思ったら、そんなのたいしたことないと椎名に言われて杖をついて青森に行ったのがこのときだったんだと思い出したよ。

椎名そうだ、お前。見たかよ、DVD。

目黒えっ、ああ、あの『遠灘鮫腹海岸』か。

椎名貸しただろDVD。

目黒見たよ。

椎名どうだった?

目黒これがねえ。

椎名早く言えよ。

目黒実は──面白かった。

椎名ほお(笑)。

目黒なんといっても、あのラストだよね。原作と違うよね。

椎名そうそう。

目黒あのラストはいつ思いついたの?

椎名撮影しているときにひらめいた。

目黒途中までは、やっぱりつまらなかったなあと思って(笑)、見なけりゃよかったなあと思ってたら、あのラストだろ。びっくりした。でも、あれは映像向きのアイディアだよね。あれを活字にしたら、説明になっちゃって、そうすると途端に陳腐になる。でも、映像の場合は、ぱっと見せて、そしてすぐに終わっちゃうんで、説明にならない。えっ、何だろうと客が考える前に、その前にエンドマーク。ワンアイディアの映画だけど、素晴らしいと思う。ラストのカメラワークがいいよね。「しずかなあやしい午後に」はオムニバス映画だけど、3本の中でいちばん面白かった。見ないで悪口を言わないでよかったと反省しました(笑)。

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