『フィルム旅芸人の記録』

目黒ええと、次は『フィルム旅芸人の記録』です。1993年6月にマガジンハウスから刊行されて、1996年7月に集英社文庫に入った本です。これ、単行本のどこにも記載はないので、何に連載したのかがわからない。『自走式漂流記』の「椎名誠、全自作を語る」を読むと、ダ・カーポに連載したと椎名が語っているので、たぶんそうなんだろうけど、どうして単行本に記載がないのか不思議です。映画「うみ・そら・さんごのいいつたえ」の企画段階から製作、コンバット・ツアーでの上映会までを記録したもので、「製作・興行全記録」と単行本の帯にある。

椎名ふーん。

目黒覚えてないの?

椎名うん。

目黒これが実に面白い。というのは、これ、日記なんですよ。映画がクランクインした7月から1年間の日記なんだね。7月から始まった撮影が9月に終わって、コンバットツアーが12月から始まるから、本来はその間(10〜11月)はいらないわけ、本としては。映画の「製作・興行全記録」なんだから。

椎名なるほど。

目黒『自走式』でも「一本の映画にかかわった男たちの姿がありのままにさらけだされていて、ちょっと気恥ずかしい感じもある本です」と椎名はコメントしていて、文庫にも「映画を愛する男たちのときめきと感動と発見の一年。完全ドキュメント」とあるように、これはまぎれもなく映画本なんだから、映画と関係ないくだりは必要ないよね。ところがダ・カーポに日記を連載しているから、撮影が終わって、編集も終わって、コンバットツアーが始まるまでのその間も日記は続いていく。これが面白い。映画とは関係のない椎名の日常が語られていくと、椎名は映画を撮っていただけではなくて、猛烈に忙しい日々を送っていて、映画はその椎名の一部にしかすぎないってことが浮かび上がってくる。

椎名あのころはたしかに忙しかったからなあ。

目黒その点で、映画本としては実に異色なものになっている。これまでの椎名の映画本と決定的に異なるのはそこだよね。本の雑誌社にいくと、中国に社員旅行に行ってきたとか出てくるの。こんなの映画と関係ないよね。でもそうやって本の雑誌社に顔を出すのは、椎名が本の雑誌の編集長だったからだよね、そういう側面もきちっと語られていく。それにしても、こんなに忙しいのに、よくおれと打ち合わせしてたよね。これがまた、しょっちゅう打ち合わせしているのさオレと。それもなぜか梟門が多い。このころの本の雑誌社は新宿五丁目にあったころだから、池林房のほうが近いよね。なぜ梟門に行ってたんだろ? 梟門は西武新宿駅の近くだから、新宿五丁目から歩いたら遠いよね。こんなに忙しいんだから、近くの池林房でいいじゃない。どちらもトクちゃんの店なんだし。

椎名おれ、梟門が好きだったんだ。

目黒面白いのは、12月9日の日記。マスコミ取材の三連発があった日の記述だけど、そこにこうある。「終わってすぐに新宿の梟門へ。目黒考二と本の雑誌もろもろの打ち合わせ。目黒もまた沢山の問題をかかえているのでお互いにやや安心する」(笑)。

椎名どんな問題だったのかなあ(笑)。

目黒ね? 今じゃ全然覚えてないけど。

椎名(笑)。

目黒それとわからないのが一つ。石垣島の白保でカレーを注文するくだりにこうある。「この殺人的暑さの島では辛いカレーライスにかぎる。カレーライスはアタマだけ大盛りで注文する」。このアタマって何?

椎名カレーライスは、ご飯にカレーをかけるだろ。そのカレーの部分をアタマって言うのさ。みんな、言うだろ?

目黒えっ、初めて聞いた。

椎名そう? じゃあ、映画用語かなあ。スタッフが言っていたのが耳に残って、おれも言っていたのかなあ。

目黒そのカレーのくだりにこうもある。「大盛りも上半身と下半身の部分注文ができるということをはじめて知った」。この「上半身」と「下半身」は、じゃあ何?

椎名そんなこと、オレ、書いてる?

目黒書いてるよ、ほら。

椎名それは覚えてないなあ。それもスタッフが言っていたんじゃないかなあ。映画関係の用語って多いんだよ。

目黒それでは、心当たりのある方は教えてくれと、ここでお願いしておこう。

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