『私広告』
目黒次は『私広告』で、1993年に本の雑誌社から出た本。これは、椎名と沢野がやっていたサントリーモルツの広告と、本の雑誌に載った池林房チェーンの広告をまとめて一冊にしたものです。いまだから正直に言いますが、本の雑誌の資金繰りが苦しくて,あわてて一冊作らなければならなくなって、それででっち上げた本だね。サントリーモルツの広告は、椎名がビールをモチーフにしたエッセイを書いて、そこに沢野がイラストを描いて、広告とはいえ、なかなか風情がある。それだけで一冊に出来ればいいんだけど、分量が足りないんで池林房チェーンの広告を強引にくっつけた。
椎名私広告ってのは目黒の造語だよな。
目黒私小説があるんだから私広告ってのがあってもいいだろうって理屈で、まあ強引な本だけど、これがいま読むと結構面白い。だってね、池林房チェーンの広告は本当にヘンなんだ。いまでも池林房チェーンの広告は本の雑誌に載っていて、いまは全部4コマイラストだけど、当時は2分の1とか、縦3分の1とか、大きさはいろいろなんだね。これがまったく意味不明なの。
椎名くだらないよなあ(笑)。
目黒こういう広告を許すスポンサーの器量が大きいよねえ(笑)。だって、「雪の日にヘビがいた。新宿はこわい街だ」ってコピーなんだぜ。「出会いは別れた傘でした/湯島秋子23歳」とか、「中野俊一28歳、家庭画報編集部、今夜も大いに飲み絡む」とか。
椎名あったなあ。人名シリーズ。
目黒しかも半分は実名。これ、何の広告かわからないよね。実際にあとで聞いたことがあるけど、地方都市に住んでいて、東京の大学に入ったらそこに行こうと思ってたけど、それが何の店かわからなかったと言うんだ。たしかに、どこにも居酒屋って書いてないんだ。
椎名トクヤがエライんだな。
目黒沢野が好きに書いていたんだよ。このころ、本の雑誌の表紙に載る沢野のコピーはおれがチェックしていたんだけど、池林房チェーンの広告コピーはおれもチェックしなかったから、あいつが好き勝手に書いていた。ホントにくだらないんだ。たとえば、これ。「鴨長明も朝五時まで飲んでいた店」ってコピー。下に武士らしき男が描かれて、その横に書き文字で「いつもかたじけないのう」だって(笑)。沢野が鴨長明を知っていたことも驚きだけど、トクちゃん、よく何も言わなかったよな。まあ、酒を飲ませる店だってことはわかるけどね。
椎名一度も何か言われたことないのか。
目黒ないねえ。
椎名この本は売れたのか。
目黒増刷はしなかったけど、だいたいはけた記憶がある。あ、そうだ。サントリーの宣伝部に谷さんがいたでしょ。電話がきたんだよ。帯にビールって文字をいれてくれれば、何部だったかなあ、1000部くらいだったかなあ。買い上げてくれるって言うんだ。サントリーって入らなくてもビールと入るだけでいいって言うんだけど、それじゃ悪いんで、帯にサントリーモルツの広告と池林房チェーンの広告を一冊にしましたって入れることにした。まあ、それが事実だしね。向こうは宣伝でまいたんじゃないかなあ。基本的には酒はおいしいって本だから、満更嘘でもない。
椎名いい時代だったなあ。
目黒わからないのは、この本の真ん中あたりに「本書の主な登場人物」という見開きのページがある。「沢田康彦」とか「村松弘二」とか実在の人物以外に、「カホル」とか「バットマン」とか、沢野の広告に出てくる人物を紹介しているんだけど、これを誰が書いたのかがわからない。
椎名目黒だろ。
目黒いや、おれの文章じゃないんだ。もう一つ、別のところに「陸津悠のビールセミナー」という見開きがあって、そっちは椎名が書いたんじゃないかと思う。「陸津悠」なんていかにも椎名がでっち上げそうな名前だし。
椎名そのセミナー、内容は面白いのか?
目黒いや、つまらない(笑)。実は真ん中あたりに、おれと椎名と沢野の座談会が載っている。この本のためにやったんだと思うけど、「キミは昼間から酒を飲むか」っていうの。これもつまらない(笑)。だから全部が面白い本ではない、と書いておく必要がある。その中では、この「本書の主な登場人物」はなかなか面白いよ。だってね、
〔桃子〕弥生三月になると十二単で浪曼房に現れる雅な人。「春は濁り酒がよろしおすう」とすすめてくれる。
こんなやつ、いるわけないだろ(笑)。
椎名おれかなあ。
目黒絶対におれじゃないよ。だっておれ、「石垣島のトラジのおやじ」って知らないもの。
椎名あっ、じゃあオレだ。
目黒陸津悠も椎名ね?
椎名わたしがやりました(笑)。
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