『むはの迷走』

目黒ええと、『むはの迷走』です。1992年4月に本の雑誌社から出て、2003年に角川文庫に入っています。その文庫化のときに『やっとこなあのぞんぞろり』と改題しているんだけど、これはどうかなあ。

椎名前にも本の雑誌社から出たものを角川文庫に入れるときに改題したことがあったよな。

目黒『酔眼装置のあるところ』を『ばかおとっつあんにはなりたくない』と改題してるね。この『ばかおとっつあんにはなりたくない』は以前も絶賛した通り、ホントに素晴らしい(笑)。タイトルもいいし、カバー写真もサイコー(笑)。でも、この『やっとこなあのぞんぞろり』は失敗だと思う。タイトルも意味不明で効いてないし、カバー写真もよくないよ。椎名たちが宴会しているときに突然ヘンな恰好で乱入してきた人の写真なんだけど、『ばかおとっつあんにはなりたくない』のパワーに欠ける(笑)。実際には突然ヘンな人が乱入してきて面白かったんだろうけど、こうやって冷静に見ると、どうってことはない。ただの悪ふざけすれすれだよね。それに比べて、『ばかおとっつあんにはなりたくない』のドラム缶風呂に入っている三島とその横で呆然と佇むアベちゃんの姿には、作為というものがない。「ばかおとっつあん」の人生そのものを感じさせる(笑)。そういう奥行きがあるよ(笑)。あの本はもしかすると椎名の全著作の中で、タイトル+カバー写真コンテストをやったら優勝するかもしれない(笑)。

椎名本当かよ(笑)。

目黒それに比べるとこれはなあ。中身の話に移ると、覚えていたエピソードがあった。本の雑誌社から出た本だから原稿でも校正でも何度も読んでるはずなんだけど、20年もたつとほとんど忘れているのに、これだけは覚えていた。いい話だよねこれ。

椎名何だよ?

目黒椎名が福岡で長浜ラーメンを食べる話。右側に目つきが鋭く、色のドス黒い力仕事ふう、左にソリ込みが入ったツッパリ高校生ふうが座っていて、その間に椎名が座ってラーメンに紅しょうがを入れていると、左右から同時に背の高い容器が椎名のほうにスッと寄ってくる。それはスリゴマとコショウの容器で、左右のコワモテ男たちが自分の近くにあった容器を椎名のほうにスッと寄せたわけ。でも彼らは自分のラーメンに集中しているから顔も上げず、目も合わせず、黙々と食べている。という光景なんだけど、いいシーンだよね。いまでも記憶に残っているから、どこで読んだんだろうと思っていたんだよ。この本だったんだ。

椎名それはおれも覚えているなあ。

目黒あとね、雑誌「奇想天外」の第1回新人賞に「アド・バード」を応募する話が出てくるんだけど、「その後いくらか抵抗はあったが、おおらかな気持ちで『奇想天外』も買い」との記述が出てくる。受賞できないとそういう心理が働くものなんだ。

椎名そりゃそうだろ。

目黒いや、椎名は違うと思っていた。あとね、朝起きると字がいっさい読めなくなってしまった男の話をおれから50円で買った話はここに書いていた。『胃袋を買いに』の中に収録されている「デルメラゲゾン」。でね、この本の中で椎名はこう書いている。

話の根幹ができるとストーリーはなんとなくできてくる。次の日の朝から書きはじめ て2日目の正午に終わった。「オール読物」にファクシミリで送ると、生ビールを思う存分飲みたい気分になった。

その「話の根幹」をおれは50円で売ったわけだよ。おかげですごく椎名は楽になったわけだ。

椎名何が言いたいんだ(笑)。

目黒いや、それをちょっと言っておきたかった(笑)。それとね、この本の中に、リドリー・スコットの「誰かに見られている」という話が出てくる。刑事と人妻の浮気の話だっていうんだけど、これ、面白そうだよね。

椎名そうそう。このインタビューのために、お前がレジメをいつも前もって送ってくれるだろ。それを見てたら、リドリー・スコットの「誰かに見られている」という映画をオレが見たって出てきたから驚いた(笑)。

目黒ということはまったく覚えてないの?

椎名面白そうだよな(笑)。見たいなあ(笑)。

目黒あんたはもう見ているんだって(笑)。それと最後にひとつ。本の雑誌の100号記念イベントを紀伊國屋ホールでやったとこの本で椎名が書いていて、「6時半から2時間、舞台の上で発行人の目黒と100号での歩みをざっと話した」というんだけど、これ、全然覚えてないんだよ。二人で2時間も話したというんだ。木村さんも沢野もいないんだよ。何を話したんだろ?

椎名お前が覚えてないのに、おれが覚えてるわけないよ(笑)。

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