『草の海』
目黒次は『草の海』です。1992年1月に集英社から刊行されて、1995年6月に集英社文庫に入っている。『自走式』の「全自作を語る」を見ると、これは雑誌バッカスに載ったものだと言っているんだけど、このバッカスって雑誌はなに? おれは知らないんだけど。
椎名TBSブリタリカが出していた雑誌だよ。
目黒椎名の年譜を見ると、1991年の4月に「チンギス・ハーンの陵墓を求めてモンゴルへ」とあり、どうもそのときの旅の記録だね、この本は。何の仕事で行ったの?
椎名テレビのドキュメンタリーだね。最初にモンゴルにいったときだ。
目黒このときが最初だったの?
椎名映画「白い馬」を将来作るとは思ってもいなかったころだなあ。
目黒椎名が初めてモンゴルに行った1991年はどんな年だったかというと、椎名の年譜を見るとすごいんですよ。この「1991年」というのは、『アド・バード』で日本SF大賞を受賞した年なんだけど、5月に映画「ガクの冒険」の撮影を開始して、8月に那珂川でクランクアップ。10月に全国巡業ロードショーとかなり忙しく、さらに写真展を、奈良、沖縄、新潟、福岡、長崎、広島、札幌で展示。単行本は7冊刊行していて、たとえば3月に『アド・バード』、9月に『水域』、12月に『武装島田倉庫』。つまり椎名SF3部作を刊行した年だよね。椎名が46歳のとき。よくこんな忙しいときにモンゴルへ行けたよねえ。
椎名そうか、若かったんだなあ。
目黒モンゴルへ行くには二つのルートしかなくて、その一つは北京から飛行機でモンゴルの首都ウランバートルに飛ぶか、もう一つはモスクワからイルクーツクに飛び、そこから飛行機もしくは列車でウランバートルへ南下していくコース。1991年にはこの二つしかなかったというんだけど、これはいまでもそうなの?
椎名同じだよ。
目黒1991年は飛行機も週に一度しか飛ばなかったと書いているけど、これはいまもそうなの?
椎名それはわからないな。とにかくおれが初めて行った1991年は革命前夜だから面白かった。
目黒どういうこと?
椎名それまでモンゴルはソ連の衛星国だったんだけど、1992年にその支配から脱して独立したわけだよ。新聞が二百紙くらいあって、レーニン像が倒されて、すごい盛り上がりだったよ。
目黒この本を読んでわからないのは、この年の7月にもモンゴルへ行っているんだよ。4月はテレビのドキュンタリーで行ったというのはわかるんだけど、7月のほうの目的が何なのかよくわからない。というのは、野田さんや獏ちゃんが一緒なんだ。「怪しい探検隊モンゴル遠征チーム第二班はモンゴル中西部のタリアットに行き、そこに流れるソモンゴル河をカヌーで下るのだ」と書いているんだけど、これは何の仕事なの?
椎名よく覚えていなあ(笑)。
目黒ま、いいか(笑)。あと、おれが勘違いしていたのは、ナーダムってモンゴル各地でいくつも同時に行われているんだね。どこかで、たとえば首都の近くとかで、つまり一カ所で行われていると思っていたんだ。日本で言えば、鎌倉で行われる祭りをナーダムと呼んでいるとかね。そう思っていたら、規模の大きいやつから小さなものまで、同時に全国で行われていたんだ。
椎名しかも7月な。
目黒そうそう、ちゃんとこの本に書いてある。
牧民がひと息つける季節が夏である。出産が終わり、大切な草もあたり一面に生え揃い、草原の色がすっかり変わる。馬乳酒をつくりながらホッとする時期だ。モンゴルの言葉には「七月の草は金。八月の草は銀」というのがある。
七月に全土一斉にひらかれるナーダムにはこうしたよろこびの背景がある
しかも、競馬だけじゃなくて相撲もあれば弓の競技もある。競馬は子供が乗るけど、他はもちろん大人たちが登場する。
椎名そうやって、馬が帰ってくるのを待つわけだ。
目黒待つってどういうこと?
椎名ゴール地点にスタンドがあるんだよ。スタンドといってもそんな立派なものではなくて、簡単なものだけど、そこで馬見せというのがある。歌をうたってね。そこから馬に乗った子供たちが離れていくわけだ。いちばん短いのが2歳馬が走るものでそれが十五キロ。そこまで離れたところからスタートしてゴールまで戻ってくる。馬の年齢によって走る距離が決められていて、全部で6レースやるから時間がかかるわけだよ。
目黒そうだよね。待っている人は遠くのレースの模様は見れないわけだから、どうするの? 退屈するんじゃない?
椎名違うよ。食事したり相撲や弓を見たりしながら、馬が戻ってくるのを待つわけだよ。それが楽しいわけだ。
目黒なるほど。屋台も出るの?
椎名出るよ。祭りだからな。競馬はなにしろ直線レースだから、すごいよな。それを見て、映画「白い馬」を作ろうと思ったんだ。
目黒その競馬って1位になると何か貰えるの?
椎名栄誉だけだな。
目黒ふーん。
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