『ハマボウフウの花や風』

目黒それでは『ハマボウフウの花や風』。これは別冊文春に書いたものをまとめた短編集だね。1991年10月に文藝春秋から刊行されて、1994年9月に文春文庫に収録と。実はこの表題作は、直木賞の候補になった作品で、今回久々に再読したけど、これ、実にいいね。

椎名ほお。

目黒当時は、候補にはなったけど受賞は無理だろと思っていたんだ。でもいま再読すると受賞してもおかしくはなかったと思う。で、当時の選評を調べたんだ。第102回の直木賞の選評。そうすると評価する人は評価している。女性の選考委員は手厳しいけどね、平岩弓枝とか田辺聖子とか。まあ、賞というものは運だから仕方ないんだけどね。

椎名これ、裏話があるんだ。

目黒なに?

椎名当時の仕事場の前でTBSのプロデューサーに会ったんだ。で、今度の直木賞、椎名さんが有力って噂ですよと彼が言うんだよ。もし受賞したら、うちでやらしてくださいって。そんなのまだわかりませんからって別れたら、翌日の新聞のラテ欄に、それが直木賞の選考会の日なんだけど、「直木賞作家椎名誠の一日を追う」って出てる。

目黒ありゃあ。

椎名あとで文春の担当者に聞いたんだけど、あの件話題になりましたよ、もう椎名さんが直木賞を取ったようでって。

目黒ありゃりゃ。

椎名あとで噂の真相のコラムで、フライングであると、あれは作家にとってひどいと岡留が書いてくれたけどな。

目黒受賞しなかったのはそれが原因とは断定できないけどね。

椎名そうそう。ただ、そういうことがあったから、後味が悪くて、この小説についてはあまり思い出したくないんだ。

目黒じゃあ読み返してないの?

椎名そういうイヤな思い出とくっついているからなあ。

目黒いいと思うなあ。現在の話と過去の話が絶妙にクロスするんだよ。20年前はこの小説の良さがわからなかった。おれはそのことを素直に反省するよ。このとき受賞したのは原尞『私が殺した少女』と、星川清司『小伝抄』の二作受賞で、後者を読んでないので比較できないんだけど。まあ、直木賞なんて、その作家のいちばんいい作品にあげてるわけじゃないからね。だから直木賞とは関係なく、作品として素晴らしいんで、未読の方はぜひ今からでも読んでほしい。

椎名ここに収録されている「倉庫作業員」は山田洋次監督の松竹映画「息子」の原作で、「三羽のアヒル」はホネフィルムでおれが監督した。

目黒6本収録した短編のうち、2本が映画化されているのはすごいね。文庫版のあとがきを読むと、表題作にも映画化の打診があったと書かれているけど。

椎名映画は完成するまでにどうなるかわからないことが多いから、打診だけじゃまったくわからない。

目黒この「三羽のアヒル」は野田さんがモデルだよね。

椎名そうそう。教師をやめて房総半島の山の上にある湖にすみついてアヒルを育てる男の話。映画のタイトルは「アヒルの教育」にすればよかったなあ。

目黒どういうタイトルだっけ?

椎名「あひるのうたがきこえてくるよ」。

目黒そういう反省もあるということだ。

椎名そうだな。

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