『銀座のカラス』

目黒それでは『銀座のカラス』にいきます。椎名が初めて新聞に書いた連載小説だね。1991年10月に朝日新聞社から刊行されて、1994年12月に新潮文庫に入り、1995年7月に朝日文芸文庫に収録と。

椎名一度も穴をあけずによく書いたよなあ。

目黒連載が始まる前にかなり書いていたよ。

椎名そうか。

目黒途中でもちろん追いつかれたけど、やっぱり最初だから椎名も心配だったんじゃないかなあ。数カ月分、連載が始まる前に書きためていた記憶がある。

椎名なるほどなあ。

目黒『哀愁の町に霧が降るのだ』『新橋烏森口青春編』に続く青春小説3部作という位置づけなんだけど、新潮文庫版の解説によると、『哀愁』がすべて実名であったのに比べ、『新橋』では椎名、沢野、木村だけが実名で、あとは仮名。それがこの『銀座』になるとすべて仮名になる。つまり、青春小説3部作とはいっても内容というか手法はかなり異なる。ひらたく言えば、ノンフィクションから小説への移行がこの間見られるということだね。

椎名その解説、誰が書いてるの?

目黒おれ(笑)。

椎名おれ、覚えてるんだけど、朝日新聞に連載した小説だろ。ということは、たくさんの人が読むわけだよ。だから実名で書いちゃうとまずいんだよ。ストアーズの人たちが出てくるわけだから、それを配慮したということがあるね。

目黒そういう理由なんだ。でも結果的にはそれがノンフィクションから小説への移行に結びついたと。

椎名このころね、もう映画を作っていたんだよ。第2作の『うみ・そら・さんごのいいつたえ』を石垣島で撮ってたんだ。

目黒この『銀座のカラス』を朝日に連載してるときに?

椎名そう。だから、石垣島で映画の合間にこの小説の原稿を書くわけだよ。それを助監督が嫌がってね、映画だけに専念してほしいわけだ、彼としては。でも新聞連載小説に穴をあけるわけにはいかないし、書かないわけにはいかないんだ。

目黒おれは小説だけに専念してほしかったけどね(笑)。

椎名言ってたなあ。お前がよく言ってたよ。いまが大事なときなんだから、映画なんて作らないで小説に専念すれば、もっといいものが書けると。

目黒おれは映画作りに終始反対だったから。

椎名いま思えば、どっちがよかったのかわからないけどな。

目黒ま、それはあなたが選んだ人生だから、それでいいんですよ。

椎名それ、書いといてくれる?(笑)。

目黒これね、読み返して気がついたんだど、食べるシーンが多いね(笑)。

椎名そうか。

目黒若いサラリーマンで薄給だろ? それでアパート暮らしだから自炊するんだ。そのシーンが多い。タマネギを炒めたりとか、キャベツを炒めたりとか、海苔むすびを作ったりとかね。これがおいしそうなんだよ。この青年はいつも前向きなんだ(笑)。海苔むすびを思いついたときはおれはなんて頭がいいんだろと自分で感動しちゃうし(笑)、すごく明るい。これがいいね。あと後半になるとストアーズレポートを創刊するための努力が描かれるんだけど、これもひたすら前向きでいいね。どんどん会いにいくんだよ。いろんな人に。すると向こうも会ってくれて、椎名に、じゃないな、この青年にいろいろとアイディアを語ってくれる。そういう躍動感がある。中小企業小説としては『新橋烏森口青春編』のほうがいいかもしれないけど、青春小説としてはこちらのほうが上だね。

椎名なるほどな。

目黒あと本筋とは関係ないくだりなんだけど、冒頭近くに幼いころの回想が出てくる。夏休みになると兄弟四人がパンツ一つで家から海に向かって走っていくんだよ。海が近いから。で、海につくと兄弟四人は、それぞれの遊び友達のところへ駆けていくの。兄弟で遊ぶわけじゃない。で、夕方になると、また兄弟四人で走って家に帰ってくる──という回想で、これが妙に胸に残る。

椎名作者は忘れてるけどな(笑)。

目黒このタイトルは椎名がつけたの?

椎名うん。気にいっているタイトルなんだ。

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