『胃袋を買いに。』
目黒次は『胃袋を買いに。』です。別冊文藝春秋に書いたものを中心に、小説新潮、小説すばるに書いたものを各1編ずつ書いた短編をまとめて、1991年5月に文藝春秋から刊行され、1994年4月に文春文庫に収録と。多くが1990年前後に書かれた短編なので、つまり椎名がいちばん脂が乗っていたころだから、質の高い短編集だね。
椎名このころの別冊文藝春秋が好きだったんだ。二段組で読みやすいし、純文でもエンタメでもなんでもOKというのもよかったし、好きに書かせてもらえた。
目黒1990年前後というのは、『アドバード』『水域』『武装島田倉庫』という長編3部作が書かれたころだから、短編にもいいものが多いということだと思う。
椎名おれはここに入っている「猫舐祭」が好きなんだ。『武装島田倉庫』の世界だけど。
目黒この短編の冒頭近くにこんな一節があるね。
戦後数年しかたっていない当時は、そうしたかなしい人々の見世物が法治局のほうから取締られるということもなく、北の政府軍が引き揚げていく際に置いていったような人工の怪物たちが猫舐祭にはごろごろしていたのですよ。
これでわかるように、明らかに『武装島田倉庫』の世界を背景に持っているね。いわば外伝だ。
椎名これを長編にしたかったんだ。
目黒ということは、『武装島田倉庫』がシリーズ化するということになるぜ。それも面白いか。おれは「アルヒ-。」という短編が好きだな。
椎名どんな短編だっけ?
目黒悪臭がしてくる話。椎名が得意とするエスカレート路線だけど、「悶絶のエビフライライス」とはまた違ったところがある。
椎名どんな話?
目黒(ストーリーを椎名に説明する)。
椎名なんでそんな話を書くかなあ(笑)。
目黒ラストの哀切感がたまらなくいいね。あとは「デルメラゲゾン」が面白かった。
椎名それ、目黒に相談したやつだよ。
目黒やっぱり(笑)。どこかで聞いたことがあるなあって思ったんだ。
椎名おれがネタに困ってさ、お前に電話したら、だったらこういう話はどうって教えてくれたんだ。
目黒そうか、おれが50円で売ったアイディアだ(笑)。
椎名そうそう(笑)。
目黒椎名が辞めたあとのストアーズレポートで1年間連載してたことがあって、見開きのショートショートを毎月書いていたの。その中に、この「デルメラゲゾン」の原型となった文字が消えちゃう話と、運動会の借り物競争でそのままいなくなっちゃう男の話と、荒廃した東京の原野を買い物列車が走っていく話、この3つが気にいっていたから椎名に話したら、その中の文字が消えちゃう話を50円で売ってくれと(笑)。思い出したよ(笑)。読みながら、どこかでこの話、読んだことがあるなあって思っていたんだ(笑)。
椎名「日本読書公社」もお前から50円で買った話だったけど、これが2本目。
目黒あのときは椎名から電話がきて、あれを売ってくれと。つまり、「日本読書公社」はもう最初から名指しだった(笑)。この「デルメラゲゾン」は電話口で3つの話をしたら、3択を勝ち抜いて残ったやつ。でも、この「デルメラゲゾン」のオチは椎名のオリジナルだよ(笑)。原型となる短編にこのオチはない。50円で買った素材を料理して500円で提供するのがプロなんだね(笑)。
椎名表題作の「胃袋を買いに。」というタイトルは、新美南吉の「手袋を買いに」のパロディのつもりだったんだけど、だれにも指摘されなかった。
目黒それ、著者があとがきで書いてるよ。
椎名そうか。
目黒あれ、ないなあ。おかしいなあ、どこかで読んだよ。あ、そうか。『自走式』の「著者が語る」で椎名が言ってるんだ。
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