『風の国へ』『駱駝狩り』
目黒次は写真集です。『風の国へ』と『駱駝狩り』は、1989年9月に朝日新聞社から同時発売された本ですが、1994年9月に新潮文庫に入ったとき、『風の国へ・駱駝狩り』と合本になっているので、ここでは一緒にやっちゃいましょう。これはアサヒカメラに連載したものをまとめたものだよね。
椎名いや、書き下ろしだよ。
目黒えっ、『自走式』には「写真家になりたかったぼくにとって『アサヒカメラ』に連載を持つなんて夢のようでした。連載の依頼がきたときは本当に嬉しかった。締め切りが待ち遠しかった唯一の連載です」とあるんだよ。だから、その連載をまとめたのがこの二冊の写真集だと思った。
椎名連載をまとめたのはもっと後だね。
目黒よく読むと、アサヒカメラの連載は嬉しかったとは書いてあるけど、それをまとめたのがこの本だとはたしかに書いてない。
椎名な。
目黒しかしまぎらわしいよね(笑)。『風の国へ』は楼蘭の旅の記録で、『駱駝狩り』はオーストラリアの旅の記録だから、それぞれそのときに撮ったものか。
椎名それを本にしてくれるっていうんで、それぞれ文章を書き下ろしたんだ。
目黒そういうことか。ちょっと待ってね。椎名は長い旅に出ると、これまでは『シベリア追跡』とか紀行本を出したよね。この楼蘭のときは出してないの。オーストラリアの旅は『熱風大陸』って本を書いているけど、楼蘭のときは?
椎名書いてるよ。
目黒おれの手元に、1996年までの資料があるんだけど、その中にはないよ。
椎名そのあとだな。
目黒ふーん。じゃあ、そのときにやろうかな。
椎名何?
目黒この『風の国へ』の中に、「楼蘭の探検は、外国隊としては、一九三四年にスウェーデンの探検家で地理学者のスウェン・ヘディンが入って以来五四年ぶり、日本人としては、大谷探検隊の橘端超氏が足を踏み入れて以来、八〇年ぶりであった」とあるんだよ。すごいよねこれは。でも紀行本があとに出てくるなら、それはそのときにやろう。
椎名そうだな。
目黒ええと、この本でいちばん印象に残った写真は、文庫本でいうと52ページ。米蘭(ミーラン)というオアシスの村で、ハミウリを食べながら帰ってくる少年を後ろから撮った写真。これ、いいよね。
椎名ハミウリっていうのはフットボール大の大きさなんだ。
目黒大きいから、少年の顔からはみ出している。ハミウリの端が少年の顔の左右にはみ出している後ろ姿ね。鞄を肩にかけて、たぶん家に帰るんだろう少年が一心に食べている様子がいいよね。
椎名ハミウリは瑞々しいから、砂漠の村ではおいしいよな。
目黒少年が学校帰りに食べているということは、そんなに高価なものではない?
椎名うん。それに少年が歩いていると、ハミウリのおじさんがあげたりする。
目黒あと面白かったのは、『駱駝狩り』に出てくるラクダは油断できない生き物であるというくだり。ちょっと引用しようか。
しかもあの顔をして実は隣に誰かくつろいでいる人間がいると、パカッとケトばす。あるいは何の前ぶれもなくいきなり頭のてっぺんを噛みつきにくる。気にいらないと狂女の咆哮のようにしておよそ気持ちのイラだつ不快で気味の悪い叫び声を出し続ける。あまつさえ何かの事情で腹を立てるといきなり緑色の胃液を吹きつける。性格陰険にしてあくまでも疑り深く、動作緩慢にして怠惰きわまりなく、下品悪食策謀的思考に終始し、砂漠でヒトが死ぬと月を見上げてケケケケッなどといってあからさまに笑う。
すごいよねこれ。あんなにのんびりした顔してるのに。
椎名それにだまされるんだよ。悪いやつなんだよあいつら。
目黒『風の国へ』の話に戻るけど世界でいちばん暑い村にいくって話が出てくる。夏のさかりには地表温度が七〇度をこえることもあるっていうんだからすごいね。その名も火焔村。名前からしてすごい。
椎名山が燃えるように赤いから、その名も火焔山というんだ。おれの行ったときも暑かったよ。
目黒椎名は世界でいちばん寒い村にも行ったから、いちばん寒いところと暑いところへ行っているんだ。すごいね。
椎名そうだな。
目黒こういう写真集はやっぱり珍しい?
椎名こういうって何?
目黒だから、写真は撮ってあったやつだけど、文章を書き下ろすってやつ。
椎名珍しいなあ。