『旅から帰って来て』

目黒『旅から帰ってきて』はとても珍しい本だね。縦長の小冊子で、全32ページ。椎名が旅先で買ったものや作ったもの拾ったものの写真が左ページに入って、それがどういうものであるかを書いた文章が右ページに入ったもの。1989年8月に、角川グリーティング・ブックの一冊として刊行された。

椎名幾ら?

目黒定価は520円だね。すぐに入れて、そのまま送れる封筒付き。たしか同時に何冊か発売になったよね。椎名の『旅から帰ってきて』はその中の一冊。

椎名そのシリーズはすぐに終わっちゃったな。

目黒たぶん増刷もかかってないだろうから、いまとなっては貴重な小冊子だね。それとも増刷、かかったの?

椎名そんなの知るわけないよ。

目黒そりゃそうだな。これね、すごく面白かったんだ。たとえば、「楼蘭の神の鳥」というページがある。タクラマカン砂漠の奥深くにある幻の国といわれる楼蘭に行ったとき、キャンプ生活が長くなりそうなのできっと退屈するだろうと思って、ナイフでずっと木を彫ったというんだよ。で、しだいにそれが鳥のかたちになり、ついに幻の国に到着した日に完成したと。その木彫りの鳥の写真がこの小冊子に載っているんだけど、うまいじゃんこれ。とても素人の作とは思えない。

椎名うまいんだよオレ(笑)。

目黒いままで聞いていたのはね、沢野が千葉に木工所を借りたとき、一緒にそこで椅子を作ったりしてたと。それは聞いてたけど、その前からやってたの?

椎名やってたよ。木彫りが好きなんだよ。

目黒それは誰かに習ったとか教室に通ったとかじゃなくて。

椎名自己流だよ。本を読んだりしてな。

目黒いまでもやってるの?

椎名いまは猫を彫りたいと思って、木を探している。

目黒そこらにある木ならなんでもいいってわけじゃないんだ?

椎名結構高いよ。いま作ろうとしているのはこれくらいの大きさだけど。

目黒ええと、高さが80センチで、あとは20センチ角か。それくらいの木で彫りやすいのって幾らくらいするの?

椎名10万円くらいかなあ。

目黒高いんだ。あと驚いたのが、「三角石のペンダント」というページがあって、これはパタゴニアに行ったときの話だけど、拾った石の真ん中にナイフで穴をあけて、そこにクサリを通してペンダントにするんだよ。よく穴が開いたよね、石だぜ。

椎名一緒に行ったヤマコーさんが「鬼の一念とはこのことですね」と言ったよ。ギリギリやってると穴が開くんだよ。

目黒四週間かかったと書いてあるね。

椎名そうだな。そういうのが好きなんだよ。

目黒小さいころから好きだったの?

椎名うん。小学生のころに模型機関車が流行ってさ、でもおれんちは金をくれなかったから、割り箸でレールを作ってさ。

目黒上はどうしたの?

椎名戸車を車輪に見立てて、その上にマッチ箱乗せてな。

目黒そうやって遊んでいたんだ。

椎名カーブが難しいんだよ。割り箸のレールは。ちっちゃく切って、セメダインでつけてさ。

目黒あとね、表紙に石の写真が載ってるんだけど、円い石に顔を描いてるの。この顔は椎名が描いたんだよね。

椎名そう。

目黒どうってこともないんだけど、いい味出してるよね(笑)。

椎名好きなんだよそういうの。円い石を見ると顔を描きたくなって、むらむらしてくる(笑)。

目黒これは沢野と知り合う前からの癖なんだ。沢野もすぐあちこちに絵を描くけど、その影響というわけじゃないんだ。

椎名おれと沢野は似てるんだよ(笑)。

目黒ほかにも旅先で買ってきたものも面白いものが多いよ。シベリアのガリコン式氷穴あけ機とかね。いちばん面白いのは、ペンチのかたちをしたクルミ割り器。そのペンチの先がワニの顔になっている。沢野にあげるつもりで買ってきたのに、結局あげずにいまだに椎名が持ってると(笑)。

椎名もったいなくなっちゃってな(笑)。

目黒敦煌の路上のハンコ屋で作ったハンコもいいよね。椎名の好きな魚の骨のマークと椎名誠の名前が一緒になったやつ。これ、まだあるの?

椎名どこかにあるよ。

目黒これ、いいよ。サインした本に押せば読者も喜んでくれるんじゃないかなあ。

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