『熱風大陸』
目黒ええと、次は『熱風大陸』です。これはペントハウスに連載したもので、1988年4月に講談社から刊行されて、1991年5月に講談社文庫に入りました。オーストラリア内陸部への旅を描くノンフィクションですね。これはどこかのテレビの仕事で行ったの?
椎名いや、テレビはなし。ペントハウスの仕事。
目黒これはアラン・ムーアヘッドの『恐るべき空白』を追う旅で、この前年の『シベリア追跡』にも通底しているんだけど、大黒屋光太夫の足跡を追った『シベリア追跡』には井上靖の『おろしや国酔夢譚』と、『北槎聞略』という二つのテキストがあったのに比べ、こちらは『恐るべき空白』だけだから、続けて読むと『シベリア追跡』のほうがやっぱり奥行きがある。でもそれは、『シベリア追跡』と比較した場合のことで、これはこれでなにもない旅よりは、テキストがあるぶんだけ面白いよ。
椎名なるほどな。
目黒バークとウィルズのオーストラリア探検隊の苦難の旅を描いた『恐るべき空白』を読んだのはずいぶん前なので、細部をすっかり忘れてたんだけど、彼らが行くまでオーストラリアにはラクダが一頭もいなかったと。で、彼らがペシャワルとアフガニスタンから三十頭のラクダを買ってオーストラリアに持ち込んでいく。そのラクダが、探検隊が全滅したあと行方不明になっていくんだけど、何頭かは生き残ったに違いないと。その彼らこそがオーストラリアで野性帰化したラクダたちの先祖だろうって、椎名が書いていて、このくだりが興味深かった。
椎名それはおれの推論だけどな。
目黒えっ、そうなの?
椎名いろいろ文献を読んだんだけど、そう思うしかない。そのあとはラクダによる探検隊は入っていないんだ。車になるからね。
目黒なるほどねえ。この本にはなかなか面白い箇所が多いんだけど、たとえば、現地の人が「血の木」の赤虫を差し出してくるシーンがある。それを向こうの人はアイスクリームのように食べるっていうんだけど、いやだよねえ(笑)。さすがの椎名もそれは食べなかったようだけど。
椎名おれだっていやだよそんなの(笑)。
目黒そのくだりに出てくるのが、アマゾンでピラニアの刺し身を食べた人の話。日本に帰ってきたら、ピラニアの寄生虫が集団でその人の体の中を移動していくことに気づいて病院にいくんだけど、治療法がわからず、虫のほうが先に死ぬでしょうって言われたと。これ、本当?
椎名なにが?
目黒だから、寄生虫が先に死ぬって話。
椎名そりゃあ、虫にも寿命はあるよ。サナダ虫の寿命は二年半だしね。運良く寄生虫が先に死ねば助かるってことだよ。つまり人間が先に死ぬか、寄生虫が先に死ぬかって話だな。
目黒この本の中で、その人は現在も暗い気持ちで生きているって椎名は書いているけど、どうしてるのその人?
椎名そのときに会っただけだから、その後は知らない。でもこのころにそういう話を聞いてたおかげで、そのあと、世界のいろんなところへ行っても、ヘンなものを食べなくなったから、ありがたいよ。
目黒あとね、本筋とは全然関係ないんだけど、突然世界三大ブス国の話が出てくるくだりがある。ペントハウスの編集者とカメラのヤマコーさんと椎名で話し合ったということなんだけど、オーストラリアは世界三大ブス国の第三位であると、ヤマコーさんが言うんだね。すると第一位は「オランダしかいない!」と三人の意見が一致するんだ。「ズン胴赤毛ソバカス巨大甲高ムレ足の横揺れ歩きこそ典型的なオランダの女なのだ」って。気になるのは、三位と一位をそうやって発表しながら二位はどこの国なのか、書いてないんだ。ま、どうでもいいことなんだけど、書いてないと気になる。これはあえて発表しなかったの?
椎名いや、現地で三位を目撃したから、そういえばって一位を発表しただけじゃないのかなあ。
目黒深い意味はないんだ。
椎名そうだね。特別の意図はない。たぶん二位はロシアだと思うけど(笑)。
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