『活字のサーカス』
目黒次は『活字のサーカス』です。1987年10月に岩波新書から出た本です。
椎名これ、4冊出たんだよ。
目黒えっ、続編が出たのは知ってたけど、4冊も出たの?
椎名4冊目はまだインプリントのようだけど、1〜3巻はずっと切れていたから、ある文庫版元から声がかかったとき、岩波に聞いたんだ。文庫にしていいですかって。そしたらちょっと待ってくださいってこの1巻目だけ久々に復刊というか増刷された。でも2巻と3巻は切れたままなんだよ。お前、どう思う?
目黒難しいねえ。2巻と3巻だけ文庫化するというのもヘンだしなあ。
椎名そもそも新書を文庫化するのはどうよって気もあるし。
目黒でも切れているのはおしいよね。というのは、これ、いま読んでも面白いよ。
椎名そうか。
目黒というのはね、『活字のサーカス』というタイトルで、面白本大追跡っていう惹句が付いているんですよ。当たり前の話なんだけど、書名がばんばん出てきて、そういう本の内容が語られるんだろうなと思うわけですよ。ところが、そういう通常の展開にならない。実に意外な方向に進んでいく。たとえば「蛭的問題」という項がある。これは人間の嫌悪の領域は通常「蛇派」と「クモ派」にわけられるが、自分は異端の「蛭派」であるという話から始まるわけ。「蛇蛇蛇蛇蛇」と書いても「蜘蛛蜘蛛蜘蛛蜘蛛蜘蛛」と書いても、全然恐ろしくないが、「蛭蛭蛭蛭蛭蛭蛭蛭」と書いただけで気持ちが悪くなってくるという話から始まって、世界の辺境にいくと気持ち悪いものに遭遇することが多いという話から、そういうことが記述されている本の紹介に移っていく。つまり構成が実に絶妙なんだ。考えて書いたわけではないと思うんだけど(笑)。
椎名計算して書いたわけじゃないな(笑)。
目黒世界を旅するとこういうことを目にすることが少なくない、というエッセイを書いていって、その中に本の話が出てくるという感じだね。これが素晴らしい。
椎名無欲の勝利だな(笑)。
目黒そこが無欲じゃ困るんだけど(笑)。だから最後のほうに出てくる「ポケミスの女」という回がつまらない(笑)。これは電車の中でポケミスを読む女はカッコいい、というだけの話だからね、奥行きが何にもない(笑)。それで椎名がこれまで読んできたポケミスの書名がずらずら出てくるだけ。普通のエッセイならそれでもいいんだよ。でもこの本に入っているのは、アマゾンやシベリアで椎名が見たもの、遭遇したものの話から、そういうものを紹介したり、出てくる本の話に移っていくというなかなかレベルの高いエッセイが多いから、そういう中に電車の中でポケミスを読んでる女はカッコいい、と言われても、ちょっとそれだけでは弱いよね。他がわりに奥行きがある話なので、そこにこれが入ると目立つということだよ。
椎名なるほどな。
目黒個人的に面白かったのは、ライアル・ワトスンが世界の僻地にいくときに、必ずサナダ虫を一匹体の中に入れていくという話や、ソ連のテレビで流す日本のニュースはデモ行進ばかりという話など、おれが知らなかっただけかもしれないけど、自分が知らなかった話はやっぱり面白い。つまり書斎派の活字話ではなく、行動派の活字話なんだ。こういうのを書けるのは椎名ぐらいだろう。
椎名だんだんネタもなくなってくるけどね。
目黒いや、本は次々に出てくるし、椎名の行動も広がってるからネタ切れは心配しなくていいよね。2巻以降を読んでないので、このレベルを維持しているのかどうかはわからないけど、これから続刊を読むのが楽しみ。そうか、2巻と3巻が切れているのはもったいないな。やっぱり文庫にしたほうがいいかなあ。
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