『岳物語』その3

目黒正編からずっと読んでいくと、幼いころは弾丸のように飛び込んできた息子がすこしずつ父親に反抗し、対立していくという距離感がすごくいいんだ。それが息子の成長なわけだから、いくら淋しくても親としてはそれを受け入れなければならない。その成長と自立のドラマがここには鮮やかに描かれている。

椎名野田さんによく言われたなあ。まだ岳に捨てられてないのって。

目黒あと、細かなところでは、前の晩から翌日着ていくシャツとトレパンをはいて寝る岳の「前夜出発準備完了スタイル」ってやつが面白かった。というのは、おれの次男も中学生のときにまったく同じことをしていたんだ。風呂からあがると翌日学校に着ていくシャツを着て、下はパンツ1枚だったけど、そのまま寝るわけ。なんでそんな恰好で寝るのか理解不能だね(笑)。ようするに、ぎりぎりまで寝ていたいということだろうね。同じことを考えるやつがいるんだっておかしくなった。

椎名ばかだよなあ。

目黒あと、印象深いフレーズは野田さんの解説の中にある「いい父親であることは難しいが、いい小父さんであるのはやさしい」。これは実に名言。本当にそうだよなあと納得だね。たぶん椎名もよその子に対しては、野田さんみたいにやさしいと思うんだ。逆に、もし野田さんに息子がいたら椎名みたいに横暴になって怒ったりしてね(笑)。

椎名そういうもんだよな(笑)。

目黒最後に1998年8月に刊行された定本についても触れておこうか。以前のインタビューでこの定本を作るときに、読みなおして「と」を外したと言ってたよね。たしかにその意味ではすっきりしたけど、それ以外の文章は直してないでしょ?

椎名うん。

目黒「きんもくせい」の冒頭からしておかしいんだ。こんな文章がある。

「家の近所に、ある日この保育園の息子と同じクラスにいる友達の一家が近くの町から越してきた」
同じクラスにいる友達の一家が越していった、のではなく、越してきて同じクラスになったわけだよね。時制がごっちゃになっているから、わかりにくい。ただね、定本にするときに正編から「インドのラッパ」、続編から「冬の椿」を削除したのはいいね。

椎名えっ、そうなの?

目黒あなたが自分で削除したんだよ(笑)。

椎名覚えてないなあ。

目黒その二編は、椎名の現在の仕事の話を書いた回で、特に家族は出てこないんだ。インドに行ったときの話とかね。

椎名穴埋めに書いたんだな。

目黒だからこの二編を取ったほうがすっきりする。正編と続編にちょうど一編ずつあるなんて偶然だろうけど。

椎名どこかに使えないかね(笑)。

目黒『地球どこでも不思議旅』かなんかに入れればいいよ(笑)。

椎名お前なあ。

目黒特筆しておかなければならないのは、この定本の巻末に岳のエッセイが載っていて、これが素晴らしいこと。モデルとして書かれたことのとまどいを実に正直に書いている。父親は深く考えずに書いただけだけど(笑)、書かれたほうはたまったもんじゃない。題名に自分の名前は付いているし、いろいろ言われるわけだよ。岳ちゃん、あれしたんだってこれしたんだってとか。それがたまらなくイヤだったと。だからこの『岳物語』をこれまでに一回も読んでない、と書いたあとで、本当の岳物語はこれから僕が始めます、と結んでいる。たぶん岳が二十歳のときに書いたエッセイだと思うけど、素晴らしいね。この定本を岳のエッセイも収録してぜひ文庫化してほしい。

 

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