『シークがきた(雨がやんだら)』
目黒それでは『雨がやんだら』にいきます。これは椎名の2冊目の小説集で、1983年6月に徳間書店から刊行されたときの書名は『シークがきた』。それを1987年に新潮文庫に入ったとき、『雨がやんだら』と改題しています。どちらも収録作品のタイトルだね。
椎名どこに書いた作品?
目黒全9編のうち5編が「SFアドベンチャー」。2編が「ショートショートランド」。あとは「問題小説」に「青春と読書」。
椎名全部SF?
目黒これはそうだね。冒頭に収録されている「いそしぎ」は、筒井康隆「佇む人」にインスパイアされた作品だと思うんだけど、違う? 『ジョン万作の逃亡』に入っている「悶絶のエビフライライス」が「走る取的」で、表題作が「ブルドック」だというのも椎名は否定したんだけど、この「いそしぎ」も「佇む人」ではない?
椎名「佇む人」はすごい衝撃的だったから、影響を受けたのかなあ。
目黒筒井ファンなら絶対に読んでるよね。
椎名そうかもしれないなあ。ただ、おれは変身ものが好きなんだよ。民話の「おつう」とか。妻が何かに変わっちゃうというのはすごい哀しいことだよね。でもやっぱり筒井康隆の影響があるだろうなあ。
目黒でもこれはなかなかいいよ。椎名の小説になっている。椎名の初期SFにはパターンがあってね、一つは「悶絶のエビフライライス」のように異常な状況をどんどんエスカレートさせていく作品。これ、ある意味では簡単なんだよね(笑)。もう一つは、この『雨がやんだら』で言えば、「急行のりと3号」のように、何が起きているか読者にまったく知らせずに進めていくやつ。
椎名筒井の影響ということなら、その「急行のりと3号」はもろに筒井じゃないのかなあ。
目黒「熊の木本線」か。
椎名そうそう。
目黒ここまでインスパイアされた作品を書いていたなら、あれも書いて欲しかったよね。
椎名なに?
目黒筒井に「五郎八航空」という作品、あっただろ? オレ、あれが好きなんだよ。そういう航空ものを椎名にも書いて欲しかった(笑)。
椎名あれ、和田誠さんが映画にしたからね。
目黒えっ、あれを映画にしたの? すごいなあ。
椎名やっぱり傑作だよ。
目黒何が起きているかわからないって路線の作品としては、この『雨がやんだら』に収録されているもので言うと、「歩く人」もそうだね。何のために歩いているのか、最後までわからない。
椎名これは覚えている。書くのが大変でさ、そうだ、お前の影響もあるんだよ。
目黒どういうこと?
椎名小説は何が起きているかわからないまま始まって、わからないまま終わってもいいんだと(笑)。
目黒全然覚えていない(笑)。
椎名とにかく30枚、埋めなければならないから。深い考えはないんだ(笑)。
目黒「シークがきた」もそうだよね。円形の闘技場で闘っているんだけど、何のために闘っているのか最後まで読んでもわからない。全貌を描いていないんだ。
椎名考えてないんだから描けない(笑)。
目黒これはフレドリック・ブラウン『闘技場』だよね。
椎名完全にインスパイアされてるな。
目黒でもブラウンの作品では闘うことに目的があったよね。椎名の「シークがきた」には闘う目的が何もない(笑)。
椎名目的なんて考えなかったなあ(笑)。
目黒あ、そうだ。忘れてた。新潮文庫版には載ってないんだけど、徳間書店の単行本には長いあとがきがついていて、ええと、なんと17ページだよ。この書名がどうやって生まれたのかって話が書いてある。その中にね、こういう一節がある。「そうして二日間で書いたのがこの「いそしぎ」だった。ぼくは愛する人が別のものに変身していってしまう、という状況が世の中で一番かなしい別離ではないか、と思っている。そういう話をいつか書きたい、と思っていたのである」。
椎名そのあとがき、文庫版には載ってないの?
目黒まあ、わざわざ収録するほどのものでもないから(笑)。
椎名おれ、いまでもここに入っている「生還」が好きなんだよ。もっと評価されていいと思っているんだけど。
目黒これはいま読むとちょっと辛いよね。たとえば川上健一のデビュー本『跳べジョー、B・Bの魂が見てるぞ』に野球短編が入っていて、投手の独白で綴られるんだけど、パギューンとかズバババーンとか擬音がとても効果的に使われている。人間のやっている野球が実はとても格闘技に近いものだということがそのために伝わってくる。椎名の「生還」は機械じゃないけど、最初から人間離れしているやつらがぶつかりあうわけだよね。それでは意外性がない。
椎名そうかあ。
目黒そういう今読むとちょっと辛い作品もあるけど、「いそしぎ」と「雨がやんだら」は傑作だよ。異常エスカレート路線でもなく、何が起きているか不明路線でもなく、プラスαがある。こういうふうにいま読んでも面白い椎名の初期SF傑作選を編めるよね。どこかでやらないかなあ、「椎名誠初期SF傑作選」って。
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