出版社:本の雑誌社

発行年月日:2011年11月25日

椎名誠 自著を語る

おかしなタイトルの本だが、これは本当の話で、ひところぼくは東京湾にある島にかなり本格的に興味を持ち、伊豆七島はもちろんのこと、けっこうそれ以外にも小さな名もないような島々に行った。千葉県の浮島という、今思ってもむかむか腹が立つ島に行ったとき、その界隈でも有名な評判の悪いおやじがいて、勝手に島を占領して島ごと宿にしたのだが、そこで約束以上に高額の宿泊料を請求されているとき、おやじの家来みたいな犬がやってきて、ぼくのカカトをしきりに齧っていたのだ。島にはあっちこっちに看板があって「踊り子広場」とか「ロックンロール会場」とか「展望露天風呂」などと書いてある。確か、沢野ひとしと一緒に行ったのだが、展望露天風呂に入ろうとしたら湯の表面に浮草のようなものがいっぱい浮かんでいる。なんだかわからないで片足をその中に突っ込んだら、それはどうも7,8年一度も水を替えたこともない風呂で、人間の垢が湯の表面に浮かんでいるのだった。とんでもないバカヤロウの島で、夜は大きなクマネズミが走り回り、ぼくの頭の中に巣でも作ろうとしたのか何度も攻撃してくるのに辟易とした。世界でも珍しいような奇々怪々な体験からこのタイトルをつけたのだが、驚いたことに、この話はこの本には書いていないのだった。とっても面白い本なのになんで文庫になっていないのだろうか。結局ぼくが忘れてしまっていたのだろう。(2020年語りおろし)

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