『ジョン万作の逃亡』その2

目黒この作品集の冒頭に入っている「悶絶のエビフライライス」は、30年前は最高に面白かったんだけど、いま読むとそれほどでもない(笑)。

椎名そうかよ。

目黒これ、筒井康隆の「走る取的」だろ?

椎名違うよ、オリジナルだよ。オレ、その「走る取的」、読んでないもの。

目黒えっ、本当? 30年間ずっとそうだと思ってた。これ、雑誌掲載時に読んだけど、そのときにやにやしながら読んだんだ。「走る取的」へのオマージュだなあって。

椎名だから違うんだよ。

目黒ちょっと待ってね。ということはこの表題作、つまり「ジョン万作の逃亡」という短編も、筒井康隆の「ブルドッグ」じゃないの?

椎名真似してないよ。

目黒インスパイアされたことと真似は違うから。椎名が真似したとは言ってない。ようするに影響を受けたということだよ。

椎名その「ブルドッグ」も読んでないなあ。

目黒じゃあ、意識して書いたんじゃないの?

椎名違うよ。

目黒でも筒井康隆の愛読者があのころ、「走る取的」と「ブルドッグ」を読んでないとは思えないんだけどなあ。読んでたのを忘れただけじゃないかなあ。ま、いいや。ここで本人は意識して書いたのではない、としておこう。

椎名しておく、じゃなくて、そうなんだよ。

目黒わかりました(笑)。その「ジョン万作の逃亡」は面白かったんだよ。なにか不気味な感じが読み終えたあとも残る。「悶絶のエビフライライス」が30年たつと辛いのは、道具立てが見えてしまうんだね。作者の計算がもろに見えてしまうから、ちょっとシラける。30年前は逆だったんだけど、これは意外だった。

椎名「ジョン万作の逃亡」はタイトルが気にいっていたんだ。

目黒このタイトルは自分がつけたの?

椎名そう。

目黒小説のタイトルは全部自分?

椎名エッセイのタイトルを一度か二度、編集者がつけたことがあるけど、小説の場合は全部自分だな。

目黒このころの思い出で何かない?

椎名このころってわけじゃないんだけど、自分の文章がだめだと途中で気がついたんだよ。「○○○○○」と浅野は言った、というふうに「と」を付けちゃうんだ全部。「と」はいらないだろ?

目黒「浅野」もいらないと思うけどね。

椎名初期の小説は全部そうなっている。

目黒編集者は言ってくれなかったの?

椎名それでいいと編集者は言うのさ。

目黒そうか。それが椎名の持ち味だということなのかな。「と」がまったくいらないというわけでもないしね。それに、いま言われて、『ジョン万作の逃亡』をぱらぱらって見たけど、たしかに「と」は多いけど、全部ではないよ。

椎名それに気がついたのは、『岳物語』を定本にしてくれるって言われたんで、赤を入れようと思って読み返したときなんだ。

目黒定本?

椎名正続を一冊にして、すごく分厚いハードカバー。

目黒そんなのが出ていたんだ。

椎名もうオレ、幻滅したなあ。ひどいと。

目黒自分のエッセイも小説もまったく読み返したことがないって言ってたけど、そのときは珍しく読み返したんだ。

椎名で、そのとき全部直した。

目黒ちょっと待ってね、じゃあいま出ている文庫はどうなってるの?

椎名その定本が文庫になってないから、文庫は以前のまま。

目黒村松さんや見城氏とか、初期の担当者も錚々たる編集者なんで、その人たちが直さなかったんだから、あまり気にすることはないかもしれないよね。そんなにひどかったら彼らが何か言ったはずだし。必ずしも、「と」が不要というわけでもないんだから。ただ、本人が気になったということだよね。

椎名定本を文庫化してほしいなあ。

目黒ええと、いま調べたら、『岳物語』の定本が出たのは1998年8月だね。ということは、この『ジョン万作の逃亡』が出たのは1982年だから、それから16年後に気がついたということだ。

椎名もっと早く気がついたと思ってたけどなあ(笑)。

目黒ただね、「ラジャダムナン・キック」という私小説と、「悶絶のエビフライライス」というSFが、この第一小説集『ジョン万作の逃亡』で同居しているのは、とても象徴的だと思う。その後の椎名の小説の二大柱がデビュー本ですでに同居してたということだから。

椎名ホントだなあ。

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