『哀愁の町に霧が降るのだ』その4

目黒あのさ、六畳間に四人で暮らすって、すごく狭いよね。よく生活できたよなあ。だって、木村晋介の机があって、それで四人が寝たら、もう何も置くスペースがないぜ。

椎名たいしてモノを持ってなかったからなあ。

目黒いくらなんでも着替えとかあるでしょ。

椎名ボストンバック一つくらいあれば十分だよ。あとは電気炬燵があっただけ。

目黒冷蔵庫は?

椎名ない。

目黒世の中にはあったよね(笑)。

椎名オレたちの部屋にはない(笑)。ラジオもテレビもない。電気製品であったのは炬燵だけ。

目黒ここで描かれてないんだけど、炊事場ってどこにあったの? トイレは共同だって出てくるんだけど、炊事場の描写がないんだよ。

椎名部屋に付いていたな。二畳くらいかな。そこに食料を置いたりしてた。

目黒1Kなんだ。

椎名それ、書いてない?

目黒書いてないよ。そういうディテールの描写があればもっとよかったね。たとえばこれも大事なことなのに書いてないんだけど、そもそも克美荘で共同生活を始めたのはなぜなのかがよくわからない。

椎名当時同人誌を作っていただろ。

目黒「斜めの世界」だ。

椎名その編集室を作ろうってオレが言いだしたんだ。

目黒なるほど、椎名なら言いだしそうだね。そういうの好きだから。

椎名ただ酒を飲んでるだけになっちゃったけど。

目黒で、部屋があるんだからそこに住もうってなったわけか。でも、イサオが一緒に住む理由がわからないな。なにしろイサオはただ一人、働いているサラリーマンで、まともな人物だよね。そういう男がなぜここで一緒に暮らしているのかがわからない。

椎名あいつは小岩に住んだほうが絶対に会社に近いんだよ。実家から通うよりも四十分は早い。そのぶん眠れるだろ(笑)。

目黒だから、そういうことも全部書いておけばよかったんだよ。それからもう一つ。この時期に奥さんと会っているよね、年譜に出てくる。どうして書かなかったの?

椎名主人公の恋愛を入れるのは、この『哀愁の町に霧が降るのだ』の全体の雰囲気に合わないような気がしたんだな。

目黒羽生理恵子に少しだけ投影があるでしょ。

椎名そうだな。

目黒オレの推理、言っていい?

椎名いいよ(笑)。

目黒銀座のクラブに行ったときホステスと間違えて、その女性の部屋で朝を迎えるというエピソードがあるよね。あれは実話でしょ?

椎名どうしてわかるんだ?

目黒だって、あの挿話はまったく必要ないよね。それをあえて入れるんだから、実際にあった話をつい書いてしまったなと。

椎名なるほどな。

目黒関係ないけど、沢野がパチンコがうまいって意外だったな。全然知らなかった。

椎名よく景品を取ってきたよ。

目黒イメージが全然つながらないよね。面白かったのは、「あきっぽいわりに妙にしつこい」っていう沢野評。ホントにそうだよなあって。沢野を知ってるやつなら絶対に納得するよね(笑)。あとはイサオが気になるなあ。

椎名気になるって?

目黒これを読むと、イサオは何が楽しくて克美荘で暮らしていたんだろうって思うんだよ。だってボーナスが出ると君たちにたかられるし、時には目覚まし時計をいたずらされるし(笑)、いいことないよね。

椎名日曜によく木村と将棋をしていたな。

目黒いい話じゃん。その光景を書いて欲しかったな。 

椎名そうか。欠点だらけの小説だな。

目黒いやいや、暗さと明るさの対比が、たぶん意図しなかったんだろうけど、とても効果をあげてるよ。そんなにひどくないよ(笑)。これも再読をすすめるね。

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