『さらば国分寺書店のオババ』その8
目黒『さらば国分寺書店のオババ』は「昭和軽薄体」とか「スーパーエッセイ」とか言われたよね。その「昭和軽薄体」は椎名が自分で名付けたと何かで読んだんだけど、スーパーエッセイは誰が名付けたの?
椎名それもオレだよ。誤解されてるんだけど、スーパーエッセイのスーパーは「超」ではないんだ。
目黒えっ、どういうこと?
椎名スーパーマーケットのスーパーなんだ。
目黒スーパーマーケット?
椎名バケツも野菜もなんでも売っているスーパーマーケットですよという意味。
目黒なるほど。デパートはやや高級品を売っているところだけど、スーパーマーケットはもっと大衆的で、価格破壊で、なんでも売っているところというイメージが当時あったよね。そのスーパーマーケットなんだ。
椎名こっちはデパートやスーパーマーケットの業界にいたんだから、そのあたりを踏まえたネーミングだったわけ。
目黒解説されると納得するなあ。それ、もっと言ったほうがよかったよね。
椎名面倒くせえよ。
目黒でも、誤解してる人が多いよね。
椎名昭和軽薄体は、本の雑誌の読者から当時どんどんハガキが来るようになって、それを読んでいたら、ある人が「椎名誠の文章はシニカルな軽薄体とでも言うんでしょうか」と書いていて、それを読んで「昭和軽薄体」ってひらめいたんだ。うたかたのように消えていくエッセイにはふさわしいって気持ちもあったんだよ。
目黒たしかに、『さらば国分寺書店のオババ』のようなものをずっと書いていたら、消えていっただろうな(笑)。
椎名よく残ってるよな。
目黒それでね、最後にこれを聞いておきたいんですが、この翌年、椎名はノイローゼになるんですよ。当時のことを「コッポラコートの私小説」という小説に書いているね(『土星を見る人』所載)。アメ横で2800円で買った米軍払い下げのだぼだぼコートを着ていたころのこと。四谷三丁目の事務所に椎名がそのコートを着て入ってきたのをおれも覚えている。『地獄の黙示録』を見たばかりのころっていうんで調べたら、『地獄の黙示録』は日本では1980年の2月23日に公開されていて、本の雑誌はその年の3月に信濃町に引っ越すから、コッポラコートを着て四谷三丁目の事務所に入ってきたのはその直前2月、と話も合うんだ。
椎名コッポラコートと名付けたのは群ようこだよ。
目黒でね、前年の11月に『さらば国分寺書店のオババ』を出して、すごい反響だったわけだろ。デビューして、いわばイケイケの時じゃん。それなのにノイローゼになるってのはやっぱり会社内の反応が思わしくなかったということ?
椎名二人の上司に近所の喫茶店に呼ばれたのを覚えてるな。けっして正面攻撃はしないんだよ。本を出して有名になるのは結構だが、それと同時に会社に勤めていることをどう思うかって、二人で交互に言うんだよ。
目黒内職は禁止していないのにね。よその雑誌に原稿を書いても、教育社から実用書を出してもかまわないんでしょ?
椎名それもいろいろ言われたんだよ。でもあとで時々思い出すことがあるんだけど、喫茶店で呼び出されたとき、よく自分が我慢したなあって。パワーにあふれていたときだから、その二人を殴るか、あるいはコーヒーをぶっかけてもおかしくなかったのにな。
目黒じっと聞いていたんだ。
椎名そのときはもう会社をやめる決心をしていたのかなあ。ただストアーズレポートは好きだったんだよ。自分で作った雑誌だし、成功していたし。自分の子供のようでもあったから、子供と別れたくなかった。そういう気持ちはあったね。
目黒ただでさえ忙しいのに、会社の中ではそういう反応があるし、辞めようかなと思ってもストアーズレポートも自分の子供のように可愛いし。
椎名会社を辞める決心はしていたと思うけど、やっぱり不安はあったよな。作家としてやっていけるんだろうかって。それやこれや重なってノイローゼになったんだろうな。
目黒あのね、1983年2月の毎日新聞のインタビューにこたえて、椎名は「いまは『オババ』なんて恥ずかしくて自分の部屋にも置いてない」って言ってるんですよ。なんだかすごく否定的なニュアンスなんだけど、『さらば国分寺書店』を再読したことないの?
椎名ないなあ。だって軽薄なんだろ?
目黒軽薄って他人に言われたわけじゃないんだから。自分で名付けたんだから(笑)。おれはこないだ久々に再読したんだけど、例の重ね言葉が意外に少ないんだ。○○的○○的ってやつ。もっと多い印象があったんだけど。
椎名面白かった?(笑)。
目黒思ったほどひどくないよ(笑)。ただ、どうしてこのエッセイがあの当時爆発的に受けたのかがよくわからない(笑)。いや、ホント。時代が変化していくスピードがすごいってことだろうね。当時はオレも面白かったんだから、それがこんなに印象が違うとは思わなかった。
椎名そういうもんだな。
目黒ぜひ再読することをすすめます(笑)。
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