『さらば国分寺書店のオババ』その5

椎名おれ、これまでいろんなものを書いてきたけど、最高傑作は、「調査月報をストアーズレポートという大型全国誌に転換するための企画書」だと思う。

目黒サラリーマン時代に書いた企画書?

椎名正月休み4日間使って書いた100枚の大作。年明けに社長にその生原稿を渡したわけだ。そこにはいろんなところから引っ張ってきたデータもつけて、広告が入るとこういう展開も出来るという将来の展望もある力作だよ。いままで書いてきた中の最高傑作だと思う。

目黒入社早々に直属の上司が辞めて業界誌「調査月報」の編集をまかせられていたんだよね。その「調査月報」を発展的に解消して、「ストアーズレポート」という月刊誌にリニューアルするための企画書だ。そんな手間のかかることをよくやったよね。

椎名その企画が通らなければやめようと思った。

目黒あのね、増刊号の年譜に、企業が一括購入していた「調査月報」の編集に飽き足らず、一般に市販できるような雑誌の構想を練る、って書いてあるんだけど、あの雑誌、市販してたの?

椎名デパートの書籍売り場には置いてあったんだよ。

目黒いまその増刊号の年譜を読んでいて気がついたんだけど、ストアーズレポートが創刊した年の翌年に、オレがデパートニューズ社に入るんだ。で、サラリーマン時代に椎名がどんな小説を読んでいたのかって話になるんだけど、オレがデパートニューズ社に入ったときの椎名はSFの熱烈愛好者だったから、それまでにたくさんSFを読んでいなければならないはずなんだけど、まだSFの話が出ていない。いつから読んでたの?

椎名子供のころから読んでいるんだよ。児童向けのSFは。

目黒大人向けのSFは? いままで聞いた話だと、高校時代は純文学を読む青年だったんですよ。志賀直哉とか。

椎名阿部昭も高校時代に読んでたな。

目黒その話、昔に聞いたことあるなあ。ま、いいや。どこかで大人向けのSFを読み始めないと、おれが会ったころ、あなたが26歳のときなんだけど、あんなにSFに熱中していないと思う。すごい読んでたよ。フレデリック・ブラウンとかシェクリイとかオールディスとかクラークとか。

椎名古本屋を廻りだしてからかなあ。

目黒それは幾つくらいから?

椎名二十歳を過ぎてからかなあ。元々社のSF全集の端本を古本屋で買って読んでたなあ。『脳波』も元々社版で読んだ記憶がある。最初は神田近辺に行ってたんだけど、中央線沿線に行くようになって、高円寺か阿佐ヶ谷の古本屋にSFをいっぱい置いてある店があって、そこによく通ったなあ。あとは東京写真大学に半年だけいたんだけど、そのときに一人だけ友人が出来て、彼がSF好きだった。そいつの家に遊びに行って10冊くらい借りてきて、結局返していないけれど、そういう影響もあったのかなあ。

目黒デパートニューズ社の上司にSFの好きな人がいたよね。

椎名そういうのが幾つも積み重なって、SFに熱中していったんだろうな。オレが覚えているのは、あのころ早川書房の銀背のSFシリーズが毎月一冊ずつ出てきて、給料が出るたびに買いに行ったこと。とにかくSFの刊行点数が少ないころだから、新刊を待ち望んでいたな。早川のSF全集が出たのはいつ?

目黒ええと、スタートは1968年かな。

椎名おれが24歳のときか。むさぼるようにして読んでたな。

目黒おれが覚えているのは、若いころの椎名とSFはどこへ行くのかなあと話し合ったこと。その月のSFマガジンに載ったのが半村良の「戦国自衛隊」だったんだよ。おれがデパートニューズ社にいたころか、やめた直後か。そのころの話だけど。

椎名それは覚えてないなあ。

目黒増刊号の年譜を見ると、そのころ椎名はよく原稿を書いているね。「販売革新」とか「商業界」に。内職原稿だよね。

椎名金が欲しくて書いてたなあ。当時、1枚800円か1000円で、10枚か15枚だから、当時の給料を考えれば結構いい額になる。

目黒ちょっと待って。それ、すごくいいよ。800円で15枚で12000円じゃないか。オレがデパートニューズ社に入ったときの初任給って15000円だよ。ほぼ一緒じゃん。次の会社のとき、ひどいねその会社って言われたんだけど、その会社も21000円だから、あんまり変わらない(笑)。

椎名月に数本書けばいい金になる。だから、ねたみがひどい。オレ、喧嘩強かったから直接言ってこないだろ(笑)。陰口ばっかりになる。

目黒いやだねえ。

椎名でもそのころ、おれは文章を学んでいるね。いまとは違う業界ではあるけれど、商業誌だから、わかるように書いてくれって言われるわけだ。だからよその会社の編集長に文章を教わったということはあるね、アルバイトしながら。

目黒なるほど。

椎名その期間がなければ、物書きとしてどうだったのかなあと思うことはよくあるよ。あとはデパートニューズ社の当時の上役に高田さんがいたことかな。

目黒ヘビ専務だね。

椎名面接で取ってくれたのもこの人なんだ。オレ、遅刻したんだよ。で、もうだめかなあと思ったんだけど、400字2枚の作文を高田さんが評価してくれて、採用になった。文章のうまい人だったな。だから要所要所で、おれはいい人にめぐり合ってるね。

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