『われは歌えどもやぶれかぶれ』

目黒それでは、『われは歌えどもやぶれかぶれ』です。サンデー毎日の2016年8月14・21日号から2017年10月1日号まで連載し、2018年12月に集英社から刊行されたものです。ええと、この本はね、以前に読んでいた。

椎名あ、そうなの?

目黒「われはうたえどもやぶれかぶれ」というのは、室生犀星が72歳のときに書いた作品で、雑誌「新潮」に載ったのは昭和37年2月号。最晩年の作品だね。それを高校生のときに読んだと言うんだけど、高校生が「新潮」を読んでたの?

椎名古本屋でときどき買ってたんだ。「新潮」とか「文学界」とか「群像」とか。純文学が好きだったから。

目黒で、高校生のときは「小便がでなくて苦悩するこの小説に首をかしげたものだ。尿が出ない苦悩、なんて高校生には意味がわからなかった。今は前立腺肥大によるものだと理解できる」と、椎名は書いている。このサンデー毎日のエッセイを書いたとき、椎名は室生犀星が「われはうたえどもやぶれかぶれ」を書いたのと同じ72歳であったというんだね。だからおれも72歳になったら、この作品を読もうと思ってた。

椎名お前が興味を持つとは思わなかったなあ。

目黒いまは講談社の文芸文庫に入っているから、全国の72歳の人にすすめたいね(笑)。

椎名何の話だよ(笑)。

目黒それでは、椎名のこの本に移りましょう。例によって細かなことが幾つかあるんですが、最初は「睡眠障害が30年続いている」話からいきましょう。これ、きっかけは何なの?

椎名それは前に書いてるよ。

目黒ごめん、忘れたからもう一度言って。

椎名作家になりたてのころは、まだサラリーマンだっただろ。いまでも覚えているけど、最初の本を重役会議のときに、今度こういう本を出したんですがってテーブルの上に出したんだよ。ところが誰も手に取らない。

目黒手にも取らないの? 普通は手に取ってぱらぱらやるよね。感想は言わないにしても。

椎名陰険なんだよ。それでめったやたらに忙しかったし、人生で初めてストレスを感じるようになった。

目黒あ、そうか。「さんだらぼっちとコッポラコート」というエッセイを書いたときだ。逆かな、「コッポラコートとさんだらぼっち」かな。ようするに、映画「地獄の黙示録」の監督コッポラの着るようなコートをはおって事務所に現れたころだよね。おれがチンチロリンに凝っていたころで、朝までサイコロ振ってふらふらになって事務所にいくと、コッポラコートを着た椎名が現れて、二人で狭い事務所でただぼんやり座っていた日があったよね。平日の昼間に会社にも行かずに本の雑誌の事務所に来ていたんだから、鬱屈していたんだろうなとは思ったけど、おれにはどうすることも出来ないし、それに徹夜でサイコロ振って疲れてもいるから話す気力がない(笑)。

椎名あったなあ。

目黒箱根の旅館に泊まって四人座談会をやっていたころ、おれと沢野は先に寝ちゃうんだけど、椎名と木村さんがすぐに起きてきて、何かごそごそと話しているのよ。この睡眠薬は効かないなあ、こっちのほうがいいぞとかなんとか。

椎名嵐山さんも睡眠薬をたくさんもってたなあ。これは効くんだよって見せてくれたことがある。

目黒眠れない人って多いんだ。

椎名特に物書きは繊細だからな。

目黒ちょっと待ってね、最初のストレスはわかったけど、デビューして1年後にあなたは会社をやめるんだよ。そうすると、ストレスはなくなったんじゃないの?

椎名そう、会社をやめてすぐ、メキシコに行ったんだ。アカプルコの海に大の字に寝てさ、おれは自由だって思ったね。

目黒その写真、覚えている。真っ黒になった椎名が海の中で仁王立ちになってるの。じゃあ、そのときは眠れたんだ。それなのに、どうして睡眠障害が30年も続いているの?

椎名5〜6年は大丈夫だったけど、作家になるとまたいろいろあるんだよ。おれは繊細だからね。その、お前の笑ったような顔が気にいらないなあ(笑)。

目黒睡眠障害は加齢によって変化したりするの? 治る方向にいくとか。

椎名人によって違うと思うけど、おれは軽くなっている。翌日の朝、東京を離れるなんてときは、起床時間から逆算して睡眠薬を呑むけど、普段はもう服用しなくなっている。

目黒そうか、変化していくんだ。ええと、どうしようかな。

椎名どうした?

目黒まだこの本について、ほとんど何も語ってないんだけど、余談が多すぎたんで、このペースでやっていくと2回分か3回分のスペースが必要になる。とりあえず、今回はここまでにしましょう。

椎名残りはどうする? まだいろいろあるだろ? お前から送られてきたレジメ(インタビューの前に、メグロが聞きたいことを列記して椎名に送っている)にはたくさん書いてあるぜ。

目黒ネタの少ない本もあるんで、つまり椎名に聞きたいことがあまりない本ね。そういうときにこの本のネタを随時はさんでいきまƒす。

椎名ふーん。

(この対談は2020年1月27日に行われました)

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