『EVENA』
目黒次がいちばん困ったんですが、『EVENA』。文学界の2012年10月号から2014年8月号まで隔月で12回連載し、書き下ろしを加えて2015年1月に文藝春秋から単行本と。
椎名お前がどう評価するか、すっげえ楽しみなんだ。
目黒このインタビューを始めて5年なんですが、だから二五〇冊近く読んできたけど、これほどまったく理解できない本は初めてです。
椎名そうかあ。
目黒念のために書いておきますが、批判するときは一応理解しているんですよ。それがたとえ誤解であっても最初に理解があるから、つまり作者の意図はこうであるのに、この構成はおかしいとか、ここで横道に逸れているとか、そういうことがわかるから批判するわけです。ところがこの小説はちゃんと読んだんですよ。でもこの作者はここで何を書いたのかまったく理解できない。
椎名ふーん。
目黒だから困って、文学界にこれまで椎名が連載して本になったやつを調べたんです。これまで椎名は文学界に5作連載している。2016年の春から6作目の連載が始まっていますが、とりあえずここまでの5作は以下。
『黄金時代』1998年
『ひとつ目女』2008年
『チベットのラッパ犬』2010年
『そらをみてますないてます』2011年
『EVENA』2015年
このうち、『EVENA』を除く4作を分類すると、『黄金時代』『そらをみてますないてます』が私小説ふうの青春小説で、『ひとつ目女』『チベットのラッパ犬』がSF。どれもわかりやすいし、評価はともかく理解できる。でもこの5作目の『EVENA』はそのどちらでもない。私小説ふうの青春小説ではないし、SFでもないよね。文学界に連載した小説のなかでも異色なんだ。「自著を語る」では、この作品について椎名は次のように語っている。
ある刺激を受けて、当初から確信犯的に決めていたことがある。それは久しぶりに書く完全なフィクションであるから、現実社会とは少しスタンスを変えたぼくの頭の中にあるリアルな舞台、そしてこれまで書いたことのないような殺人まで起きる、しかも違法ドラッグを巡る話。たぶん読者は何も知らずに読むと面食らったことだろう。
この本にはこれまでのぼくのジャンルにはないハードホイルドという惹句が入っている。確かに自分でも意識して文体を硬質なもので貫いていた。出てくる人物たちも全員どこかアブノーマルであり変人を通り越した狂気性を持ったキャラクター、そして誰もがみんなありふれた言葉でいえばワルモノであるということに、登場人物を動かす作者としては魅力を感じていた。ぼくの小説の中では異端に属するジャンルだと思うが、未読の読者はぜひこれを手に取ってもらいたいと思う。
と語っているんだけど、この作者の言葉を読んでもまだわからない。これになにか付け足すことはない?
椎名おれは好きなんだよこの小説。締め切りが楽しみだった。どことも知らない土地で、何を考えているのかもわからない特定の人々が織りなす人間模様っていうのかな。それを克明に書きたかったんだ。ちょっと狂気性を持った人々が日常のなかにいてね、それらが絡み合うとどうなるかっていうのが最初の創作意図にあった。
目黒ふーん。
椎名描写を具体的に、精密に書いていきたい。心理描写ではなくて情景描写だけで構成できないかと。だから場所もある程度限定されていて、おれにしては珍しく構成を考えた小説なんだ。前にかいたSFもどきの、たとえば『埠頭三角暗闇市場』なんかよりも自己満足度が遙に高い小説なんだよ。
目黒──。
椎名それを文芸評論家がどう評価するかを聞きたかったんだ。作家としてのオレの新しい分野をこれで作れるんじゃないかと思ったんだけどな。でも何が書いてあるのがわからないというのは、読者がこの小説を掴みきれないということなのか。
目黒いや、それはおれだけかもしれないから。それはきちんと言っておかなければならない。おれね、わからない小説が結構あるんだよ。
椎名どういうのが?
目黒いろいろあるんだよ。でもまさか椎名が、そういう理解できない作品を書くとは思ってもいなかったので、これにはホント驚いた。もう二五〇作近く読んできているはずだけど、初めてだよ。もしもこういう作品がこれからも増えてくるならおれはこのインタビュー役を下りるよ。役に立たないから。インタビュー役を変えたほうがいい。
椎名困ったね(笑)。
目黒困ったよ(笑)。
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