『大きな約束』その1

目黒『大きな約束』と『続大きな約束』は、「すばる」に連載して、前者が2009年2月、後者が同年5月に本になったものですが、内容的に続いているので、ここでは一度に取り上げます。ちなみに、2012年2月と3月に、集英社文庫と。ええと、じいじいと孫の話ですが、まだ孫がアメリカにいる段階なので、孫は電話で登場するだけ。したがって描かれているのは、この間の椎名の私生活です。旅行に行った話とか、若いころの回想とか、これがなかなか面白い話が多いんだけど、その前に、本書には間違いがあることを指摘しておきます。

椎名なに?

目黒八丈島に最初に行ったときの話が出てくる。木村さんに誘われていくんだけど、そこのくだりにこんな文章がある。二つ続けて引用します。

「わたしは当時小さな会社に勤めていたのだが、ぼつぼつ本などが売れだしてきていて、会社員をやめて自由業になるかどうか迷っているさなかだった」「三十四歳になったばかりだった。転機になった歳なのでよく覚えている」

これが間違いです。

椎名えっ?

目黒椎名の年譜を見ると、1944年6月生まれなので、三十四歳となったばかりということは、このとき、1978年の7月か8月ということになる。このときに椎名は初めて八丈島に行って、会社員をやめようかどうしようか迷っていた、とここで書いているわけだね。

椎名そうだな。

目黒ところが椎名の初めての本である『さらば国分寺書店のおばば』が刊行されたのは1979年の11月なんだよ。つまり三十四歳になったばかりのときに八丈島に行ったのなら、そのときはまだデビュー作が世の中に出ていない。だから会社員をやめようとも思っていないはず。

椎名本当か?

目黒あなたが1944年の6月生まれなら、そういうことになるよ。「ぼつぼつ本などが売れだしてきていて」というから、『さらば国分寺書店のおばば』の前に出した実用書のことではないと思うけれど、念のためにそれらの刊行年を並べておくと、


『クレジットとキャッシュレス社会』1979年2月刊
『クレジットカードの実務知識』  1979年6月刊
『大規模小売店と流通戦争』    1979年7月刊

ということなので、椎名が三十四歳である1978年には、1冊も刊行されていない。「ぼつぼつ本などが売れだしてきていて」というのなら、おそらく1980年の前半で、それが6月以前なら三十五歳、6月以降なら三十六歳。どちらにしても三十四歳ではない。ちなみにストアーズ社を退社するのは1980年の暮れです。

椎名お前さあ、刑事の取り調べじゃないんだからさあ(笑)。

目黒だめだよ。こういうのはきちんとしないと。あとね、ここはダブルの間違いがあって、八丈島に椎名が最初に行ったのは1977年なんだよ。だからあなたが三十三歳のとき。これも違っている。

椎名こういうことはよくあるんだよ(笑)。

目黒じゃあ、決定的なやつを出しましょう。ホテルで焼きそばを食べるときに箸がなくて歯ブラシを使うくだりが出てくるんだけど、そこにこんな文章が出てくる。

「そのホテルはむかし沖縄で長編映画を撮影していたとき、すべての仕事を終えて泊まってたところであり、遠いむかしのその日は、部屋から沖縄の海を見ながら一人でかなり何本ものカンビールを飲んでいた」

こういう文章なんですよ。この長編映画って「うみ・そら・さんごのいいつたえ」でしょ? これ以外に沖縄を舞台にした映画は撮ってないよね。

椎名そうだな。

目黒だったら、ここも間違い。

椎名えっ、何が?

目黒この映画は1991年公開だから、撮影したのはその前年? つまり1944年生まれのあなたが四十代半ばのころ。

椎名だから?

目黒続いてこんな文章があるんだよ。「その頃わたしはまだ三十代後半と若く、早くもその映画が完成したあとの次の映画づくりに心を躍らせていた。思えば、あの頃の自分は一番ギラギラと、沖縄の夏の太陽のように体全身にエネルギーを漲らせていた」。どうして四十代半ばのころに撮った映画を、三十代後半のころに撮ったと書くのかなあ。

椎名それはいけないなあ。

目黒これでは、椎名の映画制作の歴史がめちゃめちゃになっちゃうよ。困ったなあ。1回で終わらせようと思ったのに、内容にまだ全然触れていないから、もう1回やらなければならない。

椎名どうしてそんなこと書いたのかなあ。

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