『埠頭三角暗闇市場』

目黒次は『埠頭三角暗闇市場』です。小説現代の2010年3月号から2012年7月号まで隔月で十三回連載され、2014年6月に講談社から本になっている。連載が終わってから単行本になるまで2年もかかっているとは、椎名にしては珍しいね。これはどうして?

椎名おれはプロットを作らないで書き出すだろ。若いときはそれでもなんとかなったんだけど、年を取るとなかなか厳しくなる。たとえばこれは、前の回を読まずに締め切りに追われて書いたから、読み返すとひどいんだ。これを本にしたらまた目黒から怒られるだろう(笑)って単行本にするのもやめるつもりだった。ところが編集者が面白いって言うんだよ。だから、かなり手を入れた。構成も描写も変えてな。

目黒面白かったよ。これまでの椎名のSFで、荒廃したトーキョーを舞台にしたものの大半は「北政府もの」だったけど、これは違うんだね。中韓連合による「同時多発地盤崩壊作戦」で壊滅した東京を舞台にしている。だからそもそもの設定は違うんだけど、『武装島田倉庫』とか『水域』に近いものがある。

椎名そうか。それは意外だな。

目黒異様な生物が次々に現れたり、犬と人間の意識を交換する手術が出てきたり、いわゆる「シーナワールド」は健在だよ。こういう世界はもう書かないのかなと思っていたんで、これは嬉しかった。東京の警察が二つにわかれていたり、というのも妙にリアルで読ませるし、ディテールはなかなかいいよ。

椎名おれのテンションが低くなったのは、これ、地震で傾いた巨大ビルと大津波で打ち上げられた巨大豪華客船が、埠頭をはさんで上部を支え合うようにして出来た「埠頭三角暗闇市場」を舞台にしているんだよな。

目黒その猥雑な感じはよく描けていると思う。

椎名ところがあの大震災だろ。津波で船が打ち上げられるという現実を前にすると、この小説のほうが先なんだけど、やっぱり書き続けることに逡巡するよ。

目黒ただ一つだけ言っておかなければならないのは、これ、おれはそれなりに面白かったんだけど、『武装島田倉庫』とか『水域』に比べると、少し甘い。よく言えば軽やかだけど、厳しく言えば甘い。それは残念ながら認めなければならない。

椎名それ、すごくわかるよ。作者がそう思っている。本当にそうだ。

目黒でもね、『武装島田倉庫』とか『水域』を読んだ読者がこれを読むと、似ているようだけど本質は違っていると批判する向きもあるかもしれないけど、それらの椎名SFを読んだことのない読者がこれを読めば、面白いと思う。

椎名そうか。

目黒椎名SFのすべてが『武装島田倉庫』や『水域』である必要はないんだよ。もっと軽く甘く、シリアスな世界からズレてしまうけど、こういうSFがあってもいいと思うよ。おれは好きだよ。

椎名これ、連載中に浅賀行雄さんが絵をつけてくれて、それにずいぶん助けられたな。

目黒単行本のカバーにも載ってるね。

椎名創作意欲をかきたててくれる絵だよ。

目黒この小説の内容にすごく合っている。

椎名どうして単行本に挿絵が載るってことが少ないんだろ?

目黒昔は多かったよね。岩田専太郎の絵が入ると雰囲気があるし。

椎名時代小説には多かったか。

目黒富田常雄の明治ものとかにも絵はついてたな。

椎名おれの本でも『銀座のカラス』くらいかなあ。単行本に挿絵が入ったのは。

目黒すべての小説本に挿絵がある必要はないと思うけど、この『埠頭三角暗闇市場』には浅賀行雄さんの絵があったほうが、本としてはよかったね。カバー4に、浅賀さんの絵が1枚入っているけど、いいなあこれ。

椎名著者が希望すれば、本にも挿絵をつけてもらえるかな。

目黒文庫化のときに希望してみれば?

椎名そうだな。

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