『にっぽん全国 百年食堂』

目黒それでは『にっぽん全国 百年食堂』です。雑誌「自遊人」に2008年7月号〜2011年11月号まで連載して、2013年1月に講談社から単行本になったものです。ええと、これはまず苦言を呈します。

椎名なんだよ。

目黒あのね、一膳めしやの「一膳飯」はもともと盛りきり一杯の飯のことで、昔食事は家でするもので外で食べるものではないとされていたから、客は主に下賤の者であったらしいと。しかしそれがそもそもの「大衆食堂」のはじまりであった、と文献を引用して最初のほうに書いているんですよ。つまり「大衆食堂」のはじまりは明治の少し前あたり。このように「大衆食堂」の歴史は記述されているんだけど、「定食屋」に関する記述はないの。

定食屋とは微妙に温度差があって、酒が呑めるのが「大衆食堂」という。

とあるだけ。でもさ、定食屋にだってビールはあるよ。だから、こういう書き方だと、大衆食堂と定食屋はどう違うんだろうと読者は混乱してしまうんだ。

椎名なるほど。

目黒この本で取材するのは、そば屋もあれば、ラーメン屋もある。大衆食堂でもなければ定食屋でもない店がいっぱい出てくるんだ。それなのに冒頭で大衆食堂の定義を書いて、定食屋の定義がないから、なにがなんだかわからなくなる。その点がとても曖昧な本だよね。百年食堂ってのは、厳密に百年でなくても八十年でもいいんだけど、長く続いた食べ物屋さんのことだと、それだけでいいんだよ。大衆食堂と定食屋は厳密に言うとどこがちがうのかわからないけど、ここで取り上げるのは、百年近く続いた食べ物屋さんであると。それだけを断ればいいんですよ。

椎名百年続いてきたからといって、美味しいとは限らない(笑)。

目黒それはすごくいいよね。地元の人に愛されてきたから百年も続いてきたんだろうけど、しかし美味しいとは限らない(笑)。

椎名編集者がいっぱい資料をくれたから、それを見て書いちゃったんだな。

目黒あともう一つ。こちらのほうが致命的かもしれない。

椎名なに?

目黒たとえばね、ここを見て。ええと単行本の81ページの写真。これを見て何だかわかると思う? 写真説明を読むと「ぱりぱりの焼き目、もっちりした皮、ジューシーな具。即、ビールといきたかったが、あいにく日曜日の朝の取材」とあって、餃子の写真であることがわかるんだけど、その説明がなければこれが餃子であるとはとても思えない。

椎名どれ? 本当だなあ。

目黒おれは最初、海の波を写した写真かなと思った(笑)。美味しさが伝わってこないばかりか、モノクロ写真だとそれが何なのかもわからないんだぜ。料理はカラー写真にしないとこういう弊害が起こる。

椎名静岡の濱よしの餃子だ。

目黒この本の半年前に出た『どーしてこんなにうまいんだぁ!』という本があったよね。あれは作りとしては安直な本で、こちらの『にっぽん全国 百年食堂』のほうが手間も時間もかかった本だと思うんだよ。でも『どーしてこんなにうまいんだぁ!』の料理の写真はカラーで、『にっぽん全国 百年食堂』のほうはモノクロ。その違いがあるから、食べ物の本としては『どーしてこんなにうまいんだぁ!』のほうがいいよね。手間も時間もかかった本なのに、結果的に『にっぽん全国 百年食堂』は負けちゃっている。もったいないよ。

椎名そうかあ。

目黒苦言はここまで。といっても、ほかにあまり語るところはないんだよね(笑)。

椎名なにかあるだろ?

目黒釧路の「竹老園 東家総本店」の歴史がすごい。初代の伊藤文平は、鳥羽伏見の戦いに破れ、息子の竹次郎を連れて小樽に移住。屋台のそば屋からスタートしたが、明治33年に本格的な店をかまえ、そのときの屋号が「東家」。その後函館に移住するが大火に焼かれて釧路に移住。昭和2年に現在の店を作る──というんだ。すごい歴史だよね。

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